小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 この聖王都は、言うなれば”信仰の発祥地”だ。
 聖王と信奉者達は、押し寄せてくる魔王軍への対抗策として、祈りの奇跡だけではなく魔術も活用したという。

 聖王は『力に正邪はない。使う者の在り方次第だ』と説き、この土地で魔術も発展して行ったらしい。
 その結果この聖王都は、街路に魔力灯が並び、移動方陣が其処此処に置かれ、魔物の侵入を許さない結界で覆われた魔術城塞都市となっていったのだ。

 どこへ行っても魔術が溢れている以上、”魔術嫌い”と呼ばれていようと受け入れるしかない。
 確かに最初はうんざりしたが、今はその技術を恩恵として認めるまでに考え方は変化していた。

『この出し物にも手を貸したんだろう?そうでなければ、誘ったりしないもんな。
 フリーデが手伝ったんだ。きっと良い物だと思うよ』
『…ありがとう』

 そんな風に言ってもらえるとは思わなかったのか。ヴィンフリーデは目を丸くして驚いていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。

 ───ドッ、ドッ!ドッ!

『!』

 立て続けに何かが弾けるような音が聞こえ、周囲がざわついたのは、そんな時だった。
 グラウンドの中央を見やれば、発射台と側の装置に青白い光文字が現れていた。そして。

 ───ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 けたたましく鳴り響く破裂音に天上を見上げれば、そこには光の芸術が咲き乱れていた。

 グラウンドは大いに沸いた。
 最初に打ち上がった花火こそ、一般的な花火のそれだったが、以降は形を変えて空を彩ったのだ。
 星形、四角、三角などの図形、人の形を模したピクトグラム、果ては”勉強しろ!”、”彼女欲しい!”などとメッセージまで打ち上がったのだ。

『す、すごいな…!』

 あまりにも多彩な花火に、ゲルルフは目を白黒させた。火薬と炎色剤を組み合わせた本来の花火では、ここまで多種多様には作れないだろう。

『打ち上がってるのは、操作している人の思念と魔力の塊に過ぎないの。
 あの発射台で視界を誤魔化す幻術を込みこんで、打ち上げて弾けた瞬間、見ている人達が今まで経験したイメージに置き換えているだけなんだ』
『…それって、操作してるヤツと、見たヤツのイメージが一致しない場合もある…?』
『うん、うんっ!そうなの!
 例えばチューリップをイメージして打ち上げても、見た人によっては色や形が違ったりするの!』

 興奮した様子で頬を緩めるヴィンフリーデは、今まで見てきた中で一番綺麗なんじゃないかとすら思えた。彼女の魅力の一端を、ようやく知る事が出来た。そんな気がした。

『さあ!ここからはフリータイムと致します。
 打ち上げたいイメージ、伝えたいメッセージがある方は、どうぞ発射台まで来て下さい!
 ご自身の魔力を使うんで、安全を期す為にお一人様三回までとしますよ!
 将来の夢、愛の告白なんかも受け付けちゃうぞー!』

 学生の煽り文句に、場は更に盛り上がった。
 自分が望んだ花火を打ち上げられると、興味を示した観客達が発射台に向かっていく。
 希望者達によってあっという間に長蛇の列が出来上がり、程なく雑多な花火が打ち上がって行った。

『わたしたちも行きましょう!』

 花火をただ観賞するつもりでいたから、ヴィンフリーデの提案に反応が遅れてしまった。
 気付けば半ば強引に手を引かれ、ゲルルフは花火を打ち上げたい者達の列に加わっていた。

『あ、いや、俺は…』

 日頃は”魔術嫌い”で通っていたから、周囲に奇異な目で見られるか心配してしまったが、どうやら皆浮かれてこちらの事など気にも留めていないようだ。
 おまけにヴィンフリーデが指を絡めてくるものだから、胸が高鳴って何も考えられなくなっていた。

 そこそこ時間はかかったはずだが、いつしか順番は回ってきて、気付けば発射台はすぐ目の前にあった。

 発射台の側には黒い板が置かれていた。
 魔術陣なのか、板いっぱいに青白い文字が円状に書き込まれ、ぼんやり明滅を繰り返している。

『打ち上げたいイメージを考えながら、この板に手を乗せるの。こうやって───』

 ヴィンフリーデが説明しながら板に手を置いてみせる。
 文字が一際強く発光し、ふ、と文字が消えたかと思ったら、発射台の突端に青白い球が形を膨らませていた。

 ───ぼっ!

 短い音を立てて青白い球は空に打ち上げられて、そして。

 ───ドンッ!!

 その場で打ち上がっていたどの花火よりも大きく、ヴィンフリーデの花火が空を彩った。
 さっき話をしていたからか、真っ赤なチューリップの花が視界いっぱいに広がった。

 特大級の花火に周囲が一際大きく沸き、ヴィンフリーデに喝采と拍手が降り注ぐ。

 彼女は少し恥ずかしそうに頭を掻き、側に戻ってきた。

『どうだった?』
『とても大きな、真っ赤なチューリップが見えたよ。
 あんなに大きい花火も打てるんだな…!』
『花火の大きさは、コツを掴めば誰でも自由に変えられるの!
 さあ、グルフもやってみて!』

 ぐい、と手を引かれ、ゲルルフもまた発射台と対峙する。

 成り行きでやる事にはなったが、いざ目の当たりにすると気持ちが竦んだ。
 魔術は、良くないもので、弱い者が頼るもので、忌避すべきもの。

 でも、気になってはいたのだ。
 聖王が認め、魔物を退け、都を発展させた実績がある、未知の力が。

 ゲルルフは喉をゴクリと鳴らし、青い光の魔術陣が広がる黒い板に触れて───

 意識が、落ちてしまった。