小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 年始の城内行事が恙なく終わり、二日間の城内完全休日が過ぎると、ラッフレナンド城に平時の賑わいが戻ってくる。

 役所フロアが開かれると、年末から手続きを待っていた者達が入城し、本城はあっという間に人でいっぱいになる。
 一応予約制にはなっているが、年始はどうしても予約数が増えるらしく、この時期はいつも以上に衛兵や巡回兵が神経を尖らせるのだ。

 そんな訳で、兵士向けの講義を行う予定がないリーファは、独り魔術研究室で荷物整理をしていた。
 先日のお披露目で魔晶石や発動体の素材を消費していた為、庭園地下の保管庫から補充するべきか考えていたのだが。

 ───コンコン、ガチャッ

 ノック音に気が付き入り口を見やると、アランが扉を開けて魔術研究室へと入ってきていた。

「アラン様」

 薬剤が入った戸棚を閉じ、アランに近づいて首を垂れる。

 アランもアランで、年始は引見で忙しい。周辺各国の高官の年始挨拶が多く、今日もその対応に追われていたはずだ。

 リーファに会いに来る余裕はあまりないように思えたが、アランにとっては大切な用事なのだろう。

「ゲルルフが、城を出ると言う話は聞いたか?」
「え、ええ、はい。少し前にこちらへいらっしゃって、教えて下さいました」

 テーブルの方へ招くと、アランは小さく頷いてソファに腰を下ろした。この様子だと、午前の引見は一区切りついたようだ。

 指で誘われ、リーファがアランの膝の上に座ると、彼は呆れた様子で溜息を吐いた。

「あの約束は反故にしていいと言ったのだがな…頑固な老人だ」
「いえ、約束だけじゃないみたいですよ?」
「ふむ?」
「学院時代のご友人に会いに行くそうです。
 聖王領の、術研究所で所長をされてる方だとか。
 アラン様の幻術を見て、当時を思い出されたそうで。
 奥様が背中を押して下さったそうで、旅行を兼ねて、だそうです」
「…そうか。ならば、留め置けないか」
「はい」

 どうやらその辺りの事情は聞かされていなかったらしい。理由を聞いたアランの表情は穏やかだ。

 ◇◇◇

 ゲルルフは、ぽつりぽつりと学院時代の思い出話をしてくれた。

 友人に誘われて、花火の幻術系魔術に触れた事。
 魔術の面白さは理解出来たものの、自身の体質との相性が悪く、のめり込んで破滅してしまう可能性に恐怖してしまった事。
 恐怖は嫌悪に姿を変え、気付けば魔術を毛嫌いするようになってしまった事。
 そして───アランの幻術を見て、学院時代の友人達との日々を思い出した事。

『陛下に花火の幻術を提案されたのは偶然だったそうですな。
 しかし、ワタクシは思うのです。あれは、ワタクシが仕向けた事だったのではないか、と。
 ワタクシが無意識のうちに、花火を披露するよう陛下や側女殿に思念を向けていたのではないか、と』

 ゲルルフの推測を、リーファは否定出来なかった。

 花火自体はターフェアイトに提案されたものだったが、そもそも幻術の案を出したのはリーファだ。
 だがリーファ自身は幻術にあまり馴染みがなく、何故その案が降って湧いたのかも思い出せない。
 ゲルルフの思念が影響してその考えに至ったとしても、何らおかしな事ではないのだ。

『ワタクシは、側女殿の授業を通して、友人と向き合う機会を得たかったのやもしれませんなあ』

 そう言ってみせたゲルルフは、憑き物が落ちたかのようなとても晴れやかな表情をしていた。

 ◇◇◇

 アランはリーファの額にキスを落とし、背中を撫でる。ここしばらく魔術の訓練ばかりだったから、こうしてのんびりするのは本当に久しぶりだ。

「リーファ」
「はい」
「私は、王としてこの国を治めていく」

 それはあまりに今更な宣言ではあったが、それだけ王の務めはアランにとっては抱えきれない重荷だった、という事でもあった。
 そして、ようやくその責務を抱えて行く決心がついた、という事でもある。

「はい」
「今の法では、貴族と縁のない娘を正妃に据える事は出来ん。
 悔しいが、お前を正妃にしてやる事は叶わない」
「…は、い」

 アランの心変わりに、リーファはちょっとだけ戸惑った。
 リーファが正妃になれない事は覆りようのない事実だったし、アランには相応しい女性と一緒になって欲しい、とリーファも願ってはいたのに。

(ああ、でも、そうね。…ちょっと、期待してたのかも。
 それじゃ、アラン様の為にならないのにね…)

 年甲斐もなく御伽噺のようなハッピーエンドを夢見ていたのだと気付かされ、リーファは苦笑いを浮かべた。

「…だが、お前の望みは叶えてやろう」
「………?」
「正妃、側女、そして子供達。
 お前の為に、庭園の東屋でティーパーティーを行えるよう、努力しよう」
「!」

 悲しくもないのに涙が浮かびそうになっていた所で、アランが更に追い打ちをかけてきた。
 あまりの変わりように、別人のなりすましか、誰かに言わせられているのかを疑ってしまいそうだ。

「時間はかかろう。だが王であるならば、必ず為さねばならぬ事だ。
 振り回して悪いが、今しばらく待っていてほしい」

 見上げた先にいた主の姿は、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。
 波打つ美しい金髪、きりっとした眉、どこまでも深い藍の双眸、すっと伸びた鼻、意志の強さを感じる唇。

 だが。
 リーファを抱く腕は、力強くもわずかに震えていた。

 それが何を指しているのかは分からない。寒さ、ストレス、緊張、不安、力の籠めすぎ。あるいは、その全てか。

(本当は、まだ諦めてない、とか…?
 ………ううん。そんなものは、ただの自己満足よね)

 自惚れてはみたが、一方でらしくないとも自覚してしまい、リーファはつい笑ってしまった。