小説
魂達の宿借り行脚
「他人事のように言っているがな、リーファ。お前もその”家族”の一人なのだぞ?」

 改めて紅茶が差し出されても、アランは話題を変える気がないようだ。ほんのり湯気が立つ紅茶を口に含みながら、今度はリーファに話題を振ってくる。

 咄嗟の事で、リーファは返事に困った。アラン達とシェリーは幼少期からの幼馴染で、最近城入りするようになったリーファとは比べるべくもない。更には、貴族と庶民という身分の差、年齢差、立場など踏まえても、アラン達の輪にリーファが入り込む余地などないはずだ。

「───いや、でも、愛人は、”家族”とは…」
「んー、何となくだけど、妹気質っぽいよね」
「い、いもうと?」

 ヘルムートから思ってもない意見が飛び出て、リーファはついオウム返ししてしまう。

 困惑していると、シェリーが頬に手を当ててちょっと嬉しそうに反応した。

「分かるような気がしますわ………こう、庇護欲をかき立てるというか…ふふ」
「背も低いからさ、何となく頭を撫でたくなるんだよね。
 あと、何だかんだ要領が良い所とかね。末っ子っぽい」

 ふたりの意見を総合すると、小柄な見てくれや、立ち振る舞いの垢抜けなさを指しているような感じだ。要領が良いと思った事はないが、一人暮らしをしていた経験が垣間見えるのだろうか。

 リーファは、何とはなしにアランに顔を向けた。
 特に何を言おうと思った訳でもないが───

「………私は、そうは思っていないが。そういう見方も出来るやもしれんな…」

 アランはそう呟き、露骨に目を泳がせる。

(否定した………けど、多分アラン様にも、そう見える時があるんだ…)

 膝に乗せられたり、頭を撫でられたり、髪を梳かれたり、戯れに付き合ってもらったり。
 それら一連の付き合いは、側女として接して貰っている、とも取れるが、妹分として可愛がられている、と言えなくもないかもしれない。

 何にしても、一人っ子として今日まで生きてきたリーファに、思わぬ形で架空の”兄”やら”姉”やらが生まれてしまった。目出度いやら、目出度くないやら。

 ふと、シェリーがテーブルの側まで来て両膝をつき、麗しい碧眼をキラキラさせてリーファに顔を近づけてきた。

「…リーファ様。試しに『お姉さま』とか『姉さん』などと、言ってみるつもりはありません…?」
「シェリー、君ね。その歳で『お姉さま』呼びは、ちょっとどうなの?」

 リーファが返事をする間もなく放たれたヘルムートの余計な一言に、ギシリ───と、何かが軋んだ音がした。シェリーは柔らかい笑みを浮かべているが、その表情のまま固まっている。

 しかし、失言をかましたヘルムートはもっと怖い思いをしたようだ。ギリギリギリ───と錆びついたネジを回すような音を立ててシェリーが振り向くと、ヘルムートはサッと顔を青くして後ずさる。

「…あらぁ………年齢と、姉呼びは…関係ないのでは…ないでしょうかぁ…?」

 シェリーが立ち上がり優雅に一歩踏み出し近づいてくる度に、ヘルムートはずるずると後退した。まるで、山道でクマと遭遇した人みたいな逃げ方だ。

 一応アランへ顔を向けるも、ヘルムートを助ける気はないようで、明後日の方を見るばかりだった。
 やむを得ず、架空の”妹”リーファが話を切り替えた。

「あ、あああ、あの、それでその、問題は、解決したんですかっ?」

 その場の空気がピタリと止まり、全員の視線がリーファに集中する。

(あ、言い方が悪い)

 リーファは即座に理解した。これではシェリーを悩ませていた事情を詳しく聞きたいのだと勘違いされてしまう。

「あ、いや、えっと。シェリーさ───シェリーおねえさま、が、ここで心置きなく過ごせるか、心配で…」
「無理して付き合わなくていいんだヨ、リーファ」

 リーファのおべっか付き弁解に、ヘルムートは呆れながら突っ込んだ。なおシェリーは、顔をぱあっと明るくして諸手を挙げての大喜びだ。

 一連の茶番に失笑し、皆まで言うな、と言わんばかりにアランが手で軽く制してくる。

「…そうだな。お前にも、話しておくべきだったな。
 まあ講義の担当を外した事だし、関係はなくなったのだが。
 お前が城内を少しでも歩きやすくなれば…と、その程度でしかない話だ」

 ヘルムートとシェリーがこちらを向いて色を正した所で、アランが淡々と続けた。

「シェリーに言い寄っていた兵士を、服務規程違反で解雇した」
「!」

 その厳格な決定に、薄々分かってはいたリーファも思わず息を呑んだ。

「件の兵士曰く、以前の王城の内情を親戚から聞かされ、真に受けたらしくてな。
 …まあ、理由などどうでも良いのだが。
 既に城から追い出し、今朝の定例会議で指揮官共にはきつく厳命した」
「…そうですか…」

 リーファからは、それ以上何も言える事がない。
 これから城の中を歩くようになっても、顔見知りの姿を見なくなって何となく察する程度だろう。兵士の異動は珍しくはないから、城を去った人が件の兵士かどうかなど、考えるのも野暮だ。
 シェリーがこれ以上辛い思いをしなくて済む、と分かっただけでも十分だった。

「尋問の結果、今回は単独の問題と結論付けたが…」
「相手はギースベルト派だ。絶対いちゃもんつけてくると思うんだよねえ」

(ギースベルト派…)

 ヘルムートが発した派閥は、リーファも城にいて時折耳にしていた。血統を重んじる、ギースベルト公爵家を中心とした派閥だ。

 その旗頭として現王太后フェリシエンヌ=ギースベルトの名が挙げられるが、第三王子アランが公務に参加するようになったのを機に自領へ引っ込んでしまったという。
 音沙汰が無くなって久しい人物だが、その求心力は健在だ。彼女の名の下に、ギースベルトの血統の即位を願う者は多いと聞く。
 一方で魔物と徒党を組んでいる、という後ろ暗い噂もあり、アランが一番に警戒している派閥だ。

「あの兵士も、『その内、いい思いをさせてやる』と言っておりましたからね。
 何かしら、動きはあるかと」
「気は引き締めて行かねばな…」

 シェリーの言でアランの表情が曇る。しかし、避けて通れない相手だと理解もしているのだろう。殺気にも似た熱意が、その藍の双眸を揺らしていた。

(どうなってしまうんだろう…)

 守りたい命が増えた途端にちらついた驚異の影。
 平穏が続いていたラッフレナンドの城に、良からぬ事が起こりそうな予感がある。

 自身の不安を胎の内に伝えたくなくて、リーファは思いがけずにへその下を撫でてしまった。
- END -

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