小説
血路を開け乙女もどきの花
 ───王弟アロイス=ギースベルトより王位譲渡要求の手紙が届いて、数週間が経過した。
 その間にも城内では情報が揃えられ、概ね方針は固まったようだ。

 まず、現当主でありアロイスの母方祖父に当たるトラウゴット=ギースベルト公爵は、『アロイスの叛意を認知している』と答えた。
 公爵家としても、アロイスの考えに一定の理解を示しているようだ。

 一方で、王位の要求自体はアロイス個人の行動と答えており、ギースベルト公爵家の総意ではないと突っぱねている。
 独力で王位を勝ち取りに行こうとしているアロイスに対し、邪魔もしないし手も貸さないつもりらしい。

 また、来城した貴族に手紙を渡したとされる家令に対する尋問を拒否。
 アロイスの所在についても、回答を拒否した。

 ギースベルト公爵は、

『孫が現在の国政を憂い、自力で国をひっくり返そうとしているのです。見守るのが家族というものだ。
 それともラッフレナンド王家は、このギースベルト公爵家との衝突をご希望ですかな?』

 と強気な発言をしており、”国を二分する勢力であるギースベルト派は、アロイスの叛意に敢えて荷担しないでいる”、と使者を牽制した。

 そんな公爵の発言とは裏腹に、公爵家が領有しているラッフレナンド領南東方面では、徴兵と資材の動きが見られている。
 公爵家そのものの動きはさておき、少なくともアロイスはそちらから進軍するだろう、とアラン達は見ている。

 なお、アロイスの実母ヴィクトワール=ギースベルトは、今回の行動を認知していなかった。
 先王の御子を出産した事で務めを終えたと見做されたようで、隣国シュリットバイゼへ移住し、アロイスとはもう何年も顔を合わせていないようだ。

 ただ実子が仕出かした事を説明すると、『あの子がそんな大それた事をするはずがない』と一笑に付しており、実母として何かしら思う事があるように見受けられた。

 また、自領へ移っているはずの王太后フェリシエンヌ=ギースベルトとの面会も叶わなかった。
 生活行動の痕跡一切が見つかっておらず、引き続き調査が進められている。

 ◇◇◇

 ラッフレナンド城3階、側女の部屋。

「それで城全体がピリピリしてるんだ」

 訪問販売の為に来城したリャナに現在の事情をざっくりと説明すると、波打つ金髪を両サイドでまとめた紅目の美少女は、ははあ、と感嘆の吐息を零した。

 現在ラッフレナンド城では、王弟アロイス=ギースベルト討伐の準備が進められている。
 今回は内戦に相当する為、徴兵制度ではなく志願制度で兵を募っている。アロイス来城まで時間があまりない、という事情もあるが、それでも城内外から五百人もの志願兵が集まっており、日々訓練に励んでいる。

 人の出入りが活発になってきており、城内も城下も賑わっている一方で、騒ぎに乗じて窃盗や乱痴気騒ぎが目立ち始め、巡回兵や衛兵が神経を尖らせているのだ。

「早く日常に戻って欲しいとは思うんですけど………こればかりは、備えて待つしかないのがもどかしいですね」
「うーん。うちの技術で、相手の居場所とか戦力を分析する事も出来るんだけどなぁ」
「陛下は、そちらの力は頼りたくないみたいです。何とか自力で解決したいようで」
「悠長だなあ。この間に相手が何企んでるか分かんないのにさぁ」

 リャナの指摘にリーファも堪らず唸り声を上げる。リーファとしても、グリムリーパーとして何か出来るものはないかと考えはしたが、アランに全て却下されてしまっているのだ。

「結局、意地なんだと思います。人間の王様として、国内をまとめあげたいんだと」
「ぷ、子供みたい」
「そういうの、陛下に言っちゃ駄目ですからね?」
「分かってますよー。あ、じゃあ念の為、”沈黙の霧”まいておきますか」

 クスクスと小悪魔の形相で笑って、リャナはポケットからスプレータイプの小瓶を取り出した。プシュっと音を立て、天井に向けて噴霧する。
 撒いた空間の会話や音が外部に漏れなくなる香水”沈黙の霧”は、側女の部屋をあっという間に甘ったるい香りで満たしていく。

 まんべんなく部屋に香りが行き届いただろうか、と思った頃、小瓶をポケットに戻したリャナが話を切り出してきた。

「…でさ、リーファさんは大丈夫なの?」
「え?」
「そのアロイスって人は、王様が邪魔なんでしょ?
 城に向かう途中で立ち向かってくる王様を殺して、このお城の玉座に座ろうって思ってる。
 なら…王様の次に邪魔なのは、誰?」

 真っ直ぐに見据えてくるリャナの眼差しは、”愛くるしい行商人”から”手段を選ばない戦いの専門家”に切り替わっていた。

「あたしだったら、この機会は逃さないけどなぁ」
「………………」

 言葉を重ねるリャナに応える事なく、リーファは物憂げに自分のへその下を撫でる。

 アロイスにとって、王であるアランの次に邪魔なものは幾つかあるだろう。現王派に属している者達や腹違いの兄であるヘルムートは、目の上のたん瘤と言える。
 だが彼らは、ラッフレナンド国にとって貴重な人材だ。国を動かす為に、不用意に切り捨てて良い者ばかりではない。

 だから、不用意に切り捨てても全く問題がなく、目下一番邪魔なものと言えば一つしかない。

(アラン様は、人間としての意地で戦いに挑もうとしている…。───なら、私は?)

 グリムリーパーとしての活動は制限されている。胎の子への影響も考慮しての事だが、アランの独擅場とも言うべき戦いの場にリーファを巻き込みたくない、という意図も理解出来る。
 しかし、何もせずに───いや、何も出来ずに城で沙汰を待つ程、リーファも馬鹿ではいられない。

「………一つ、リャナに相談したい事があるんです。私が───私だけが、出来る事を」

 ようやくその気になったリーファを見て、リャナの紅色の瞳がキラリと閃いた。

「もちろん、お伺いしますよ」

 商売人でも、戦いの専門家でもない。面白い話に食いついただけの陽気な少女は、愉しそうに前のめりに体を傾げたのだった。