小説
血路を開け乙女もどきの花
 ユーニウスの月の五日、午前。南ライゼ平原。
 予定通りアラン率いる討伐隊は、アロイス=ギースベルトの一団と見える事になった。

 このライゼ平原は、西には鉱山地帯が、東には山脈を見渡す事が出来、遮蔽物となるようなものがほぼない土地だ。土壌の性質もあってか植物は膝下程度までしか育たず、また野生の草食動物が植物をまんべんなく食んで行くので、視界を遮るものが殆どない。
 戦いにおいては、奇襲や不意打ちがしづらい反面大局を視認しやすい、そういう地形だ。

 街道沿いに陣取る形だが、北の町アーシーと宿場の先にあるフーリア村には討伐作戦の為の通行制限を通達している。強制ではないが、『戦いに巻き込まれたくなければ討伐完了まで待つか迂回しろ』と暗に示した形だ。

 アロイス=ギースベルトの一団は、街道の道幅いっぱいまで横に広がった状態で立ち止まった。

 前方には槍を構えた歩兵が二十名程おり、その後ろには縦にも横にも大きい二頭引きの馬車だ。中央の支柱から布が円錐状に広がっており、まるでテントを移送しているかのようだ。

 すぐ後ろの箱馬車のキャビンの正面には、ギースベルトの家紋であるカサブランカの花の彫り物が飾られている。アロイスがいるとしたら、あの中だろう。

 残りの二百名を超える兵は、箱馬車に追従していた。馬に騎乗しているものも十名程いるが、その多くは歩兵だ。後方に二台の幌馬車も見えたが、恐らく荷物を積んでいるのだろう。

 アロイスの一団とアランの討伐隊との距離は、大体五百メートル。戦う気があるのならば、もう少し先の段階で陣形を整えるのが定石だが───

(陣形を展開する気はおろか、箱馬車から出るつもりもないとは。大した度胸だ)

 既に言葉を交わす時期は過ぎた。礼儀を知らない腹違いの弟にかけてやる情けなど、持ち合わせてもいない。

「では、ミロシュ=スハルドヴァー大尉。”鏑矢”を───」
「な、なんだ、あれは!」

 ”矢合わせ”の指示をしようとしたその時、先にいる兵の誰かから声が上がった。
 張り詰めた空気につられて改めて正面を見やると、二頭引きの馬車の荷台にかけられていた布が外され、その中身をさらけ出していた。

 馬車の荷台には、二つの物体が置かれていた。

 まず、荷台の幅とほぼ同じ大きさの鉄格子があった。鉄格子の中には、十人程の人間の姿がある。彼らは格子を掴んで何事かを叫んでいたが、何故か声は全く聞き取れない。

 そして鉄格子の上にあったのは、丸みのある縦長の壺のようなものだった。成人男子一人くらいならすっぽりと入れるだろうか。光沢のある赤墨色のそれは、口をこちらに向けて固定されていた。

 その壺を守るように、苔色のローブを着た者達五名が鉄格子の上で座している。フードを目深にかぶっており顔までは分からないが、手に持つ金属製の杖から魔術師ではないかと推測は出来た。

「”ゲィア・ソゥ・エトィモティヤナート、ティヤ・パティソ・ト・プトマ・ソウ”───」

 異様な光景に討伐隊が呆気に取られる中、壺の底側にいた魔術師が立ち上がった。手に持った杖を掲げ、高らかに詠唱を始める。

「”アフティ・ィ・フロガ・ティヤ・フタセィ・セ・エサス・カィ・ティヤ・カネィ・タ・パンタ・スタチティ”───」

 馬車の土台を含め、鉄格子も巨大な壺も複雑な紋様が刻まれ、赫々と発光して行く。光景はアランにも憶えがあった。荷台全体に魔力が循環している証だ。
 やがて、壺の内側に真っ赤な光の玉が現れた。徐々に、肥大していく。

 動揺が討伐隊全体に波及していく。兵の中には魔術の訓練を重きに置いた者達もおり、彼らの困惑がその成果を確実に表現していた。

「て、敵方より、魔力反応確認!増大して行きます!」
「束状放出魔術と思われます!推定射程、六百メートル超!威力、───目測では判断出来ません!」

 魔力剣や魔術による攻撃も考慮して、討伐隊に魔術解読班を編成していたのは正解だった。要は魔力砲と呼べるものらしい。
 訓練の賜物か、即座に兵器の正体に気付いた事を称賛したかったが、状況は逼迫していた。あんなものが隊に直撃したら確実に全滅してしまう事くらいは、アランですら肌で感じ取れた。

「第一中隊は右、第二中隊は左へ移動!同時に盾分隊、前へ出て構えよ!」

 ───カンッ、カンッ、カーンッ!

 陣鐘が三度鳴らされ、回避と魔術防御の合図に気付いた兵達が一斉に行動を開始する。アランとスハルドヴァーが率いる第一中隊は鉱山地帯側へ、アダムソンとレホトネンが率いる第二中隊は平原側へと移動を始めた。

 壺は固定されているらしく、こちらの急な回避行動について行く事は出来なかったが、それでも発動を止める気はないようだ。魔術師達が槍歩兵に命じて平原側へ───第二中隊の方へと、その砲身を向けた。