小説
血路を開け乙女もどきの花
「そして魔力砲について、大まかですが分析が完了致しました。
 あれは、檻に入っている者の生命力を吸い上げて、砲撃用の魔力に変換していると思われます。
 あの威力であれば、恐らく檻の中の者は生き残ってはいないでしょう」

 続けて語られた魔力砲の正体に、報告を上げたウォール以外の全員が息を呑んだ。

 原理自体、理解出来ない事もなかった。ラッフレナンド城では、人間の命で数百年城全体を保全するシステムを構築していたのだ。人の命を砲弾にしようと思えば、かなりの威力が出せるはずだ。

「ま…まさか民草が入っていたのか?!」

 血相を変えて、スハルドヴァーがウォールに詰め寄っている。殴られる事はなくとも、何かされるのではという圧をかけられ、ウォールが思わず後退っていた。

「そ、そこまでは確認出来ておりません。しかしそうであれば、アロイスの一団に参加した者達が大人しくついてきた理由がつきません。檻にいた者達は奴隷ではないか、と考えています」
「だが、あの魔力砲を無力化せねば、いつかは民草があの檻の中へ放り込まれる事になるな…」

 アランは渋い顔で唸り声を上げた。

 アロイスの一団に追従している者達にラッフレナンド領内の民がいるならば、彼らは人質と言える。こちらに楯突いている時点で情けは無用なのだが、彼らが砲弾代わりにでもなれば必ず禍根は残ってしまうだろう。

「一度城へ戻って、態勢を立て直すべきではないでしょうか…」
「立て直せる保証があれば良いけどなぁ………連中とこっちの距離は、そう離れてる訳じゃない。急いで戻っても作戦練り直す時間はないだろう。最低でも、城下は確実に巻き込まれるぞ?」
「………それは、駄目ですね………」

 レホトネンとアダムソンの会話が耳を掠め、誰からも沈痛な吐息が零れて行く。

 進むには人手が足りず、退くのは紛れもない悪手。
 手立てが何も思いつかないまま、無為に時間が流れていくか───そう誰もが思い始めた時、重苦しいテントの中に入ってきた者がいた。

「さ、作戦会議中に、誠に恐れ入ります!
 ラッフレナンド城下の巡回兵が、急ぎ陛下にお伝えしたい事があると来ているのですが…」

 顔を向ければ、兵に連れられて一人の男が顔を出している。

 年の頃はアランとさほど変わらないはずだが、その角張ったフェイスラインが年齢以上に見た目を老けさせている。黒髪を刈り上げ日焼けした浅黒い顔の下で、厚い唇が形の良い笑みを作っていた。さすがに巡回用の鎧は脱いできたのだろう。レザーアーマーに鈍色のマントという簡素な格好だ。

「リッツ───マウリッツか」
「はっ。城下巡回隊、マウリッツ=ブローム兵長でございます」

 アランが名を呼ぶと、マウリッツ=ブロームはピシッと背筋を正し大仰に敬礼をしてみせた。

 マウリッツは、アランが身分を隠して地方で一兵士として活動していた頃の同期だ。
 得手は弓だが、剣の腕も悪くはなく、どんな部隊へ配属されてもそつなくこなす男、というのがアランから見た印象だ。
 仲が良かった、という程ではないが、おべっかを使わない気質もあって、アランからしたら話しやすい類の男と言える。

 マウリッツはテントの中をぐるっと見回し、今置かれている状況をざっと察したようだ。頭を掻き、眉間にしわを寄せてアランに顔を向けた。

「………討伐が終わって帰り支度してるー…って雰囲気じゃあなさそうですね…?これ」
「ああ、相手が厄介な兵器を持ち出している。今は逃げ帰ってきて、作戦の練り直し中だ」
「うぅわ、思ったよりも深刻ですね。すごい言いにくい。どうするかなぁ…」
「…とても嫌な予感しかしないが、言ってくれ。時間が惜しい」

 アランに促され、マウリッツは苦々しく唸り声を上げたが、やがて一つ溜息をつき口を開いた。

「ラッフレナンド城が、何者かに襲撃されました」
「「「っ?!」」」

 その凶報に、ざわり、とテントの中のざわめきが強くなった。動揺が一気に広がっていく。

「なん、ですって?」
「そんな…!」
「何故?!」

 詰め寄る将校達を両手で宥めつつ、マウリッツはぽつりぽつりと仔細を話し出した。

「昨日の夜………いえ、正確には今日の深夜ですね。城の方から、とても大きな爆発音が聞こえてきたんです。
 騒ぎを聞きつけた城下門の当直は、最初は空耳かと思ったようなんですがね。その内に煙の臭いが風に乗って流れてきて、城内が騒がしくなって行きまして。
 当直も、只事じゃないとそこで気付いて、城下の詰め所に報告を上げてきたんです」

 年季の違いというべきか。身動きが出来る将校よりも、動けないでいるアダムソンの方が落ち着き払っていた。木箱の上で寝そべったまま、憮然と声が飛んでくる。

「城壁門は開けられなかったのか?通用門も?」
「どちらも駄目でした。通用門ならこじ開けられるかと頑張ったんですが、扉の向こうが何かに塞がれているみたいで、全然」
「襲撃した者の目星はついているのか?要求や声明は?」
「オレが城下を発った時点で、誰からも、何の要求もありませんでした。
 とりあえず城下の兵を石橋で待機させて、オレは陛下に報告へ上がった次第です」
「………アロイスの仲間、だろうな」

 将校達が目を見張り、その答えを出したアランに顔を向けた。

 恐怖か、怒りか、アランの体は震えていた。鎧の部品がかち合い、カタカタと音を立てる。歯噛みすれば口の中に血の味が広がった。

「狙いは恐らく…リーファだろう…。
 彼女は私の子を身籠っていて、どうしてもアロイス即位の邪魔となる…。
 そして彼女自身、城の魔術システムの管理の一端を担っている。
 確保も掌握も暗殺も、城の警備が手薄で、討伐に戦力を割いた今が絶好の機会だ…!」

 認めたくない話ではあった。立地的に攻め込みにくい土地であり、つい一年前に魔物の侵攻すら妨げる結界を張ったばかりの自慢の城が、襲撃に晒されるなどとは。
 だが、町や村や城下すらも無視して、王不在のラッフレナンド城のみが襲撃を受ける理由と言えば、その位しか思い浮かばなかった。

(もしや………リーファ達は、もう………)

 件の襲撃から、既に半日以上が経過している。城が襲撃犯に乗っ取られ、リーファを始めとする身近な者達が殺されている可能性も否定出来ない。
 それを考えたら、アランの顔から血の気が引いていった。視界がぶれ、感情が定まらない。

「も、戻るべきです!今はこんな事をしている場合ではない!」
「しかし、このままでは挟み撃ちになります。何としてでもここで一団を食い止めねば…!」
「だが、あれ程の兵器を前に、どうすれば良いというのです!?」
「俺が分かると思うか!?お前ももうちょっと考えろレホトネン!」
「これでも無い頭で考えてますよスハルドヴァー様!でも、そうポンポン案なんて出てくる訳ないでしょう!?」

 アランに詰め寄り喧々諤々と喚き立てる将校達の声も、ここではないどこか遠くから聞こえるような気分だった。
 こうしている間にもアロイスは進行を続け、襲撃犯は城を我が物顔で蹂躙している。そう頭では分かっていても、どう動くべきか考えられない。