小説
血路を開け乙女もどきの花
 役務が課せられた王族は、身分が徹底的に隠される。名前を偽装し、髪を染め続け、その身分すら忘れて従事しなければならず、親族だろうと王だろうと詮索は許されない。

 そんな王族の素性を知る唯一の存在が後見人であり、同時に王の血統である事を証明する為の証人となっている。
 後見人が死亡したり『王の血統たる資格なし』と見限られてしまうと、王の血統を証明する者がいなくなってしまう為、役務に従事する王族にとっては生命線と言える存在だ。

 ギースベルト派はそんな後見人を介して、役務に従事しているアロイスと接触しようと考えていた。
 実母ヴィクトワール=ギースベルトからの時節の挨拶、と称して手紙を後見人に預け、アロイスの居場所を探ろうと考えたのだ。

 後見人も、ヴィクトワールからの手紙は慎重に扱ったようだ。
 手紙は郵便を使ってあちらこちらの町村を転々と移動し、自身も手紙とは無関係な場所を渡り歩いていた。

 しかし後見人も、手紙に追跡魔術が施されているとは思わなかったようだ。
 各々時間をかけて旅行を楽しんだ後見人と手紙は、やがてラッフレナンド城下の郵便局で落ち合い───そのまま、ラッフレナンド城へと持ち込まれたのだった。

 ◇◇◇

「追跡魔術はその後魔力切れを起こしちまったようだが、場所が分かれば後は探すだけだ…。
 兵士、役人、召使、料理人、庭師───十代前半の若造なんて、そうそういるもんじゃあない。
 側女の懐妊の報も、公爵家に届いたらしくてな…。警備が手薄な時に城を襲い、アロイス殿下を確保しよう、って事になった…」

 アランの可愛がりが功を奏し、グレーゴーアはすらすらとギースベルト派の内情を話して行く。襲撃前ならばともかく、今はもう襲撃が起こった後だ。話してもどうなるものでもないと思っているのだろう。

 なお、幻影はまだ三体とも残したまま、グレーゴーアの側に置いている。時折彼に笑顔を向けるよう指示を出しており、幻影が愛想をする度にグレーゴーアが体を震わせる様が笑いを誘った。

「確保してどうするというのだ。アロイスの思想は知らんが、大人しく言う事を聞くとでも?」
「イイコになってもらう方法なんざ、幾らでもあるだろ…?お薬でも魔術でもな…」

 持ってきた木の椅子に腰かけて向かい合ったアランの問いに対し、グレーゴーアは苛立たしげに返してくる。その様子から、アロイスの思想とギースベルト派の思惑は必ずしも一致していない、という事実が透けて見える。

「襲撃班が殿下を確保出来れば、俺達は城へ行こうが行くまいがどっちでもいいんだ…。
 俺達が城に行ければ、襲撃班が俺達を逆賊扱いして追い払う手筈になってる。
 俺達が城に行けなくても、襲撃班があんた達と対立するだけだ。
 あの城が籠城戦に向いてるのは、あんただって分かってるだろ…?」

 どうとも思わずに、ふむ、とアランは相槌を打った。

 ラッフレナンド城は、ラルジュ湖という広大な湖の一角にある小島に建てられた城だ。城下と城を繋ぐ道は正面の石橋のみであり、小島全域を堅牢な城壁が守っている。おまけに、最近魔術システム”ラフ・フォ・エノトス”による城壁の補強も行われており、魔術的にも強度が上がったばかりだ。

 正面から攻め入るとなると、かなり厄介な城塞と言える。ギースベルト派が魔力砲を用意したのは、城壁を破壊して攻め込みやすくする為でもあったのだろう。

 なお正面の石橋以外にも、城へ入る事が出来る道、というものはある。王家に代々伝わる、主に脱出路として作られた隠し通路だが、ラルジュ湖の外から城内へ入れる道も存在している。
 しかし、甲冑を着込んだ兵を多く引き連れて行ける程整備されておらず、そこから攻め入るのはあまり現実的ではない。

「…時に、あの偽者の事は?」
「俺は知らんが、公爵家の召使か何かだろ。だが、いい具合に吹き込まれたみたいだなあ…。王族もどきの振る舞いを見るに、アロイス殿下に成り代わるつもりなのかねえ…」

 疲労に声を嗄らしながらも、グレーゴーアは皮肉げに笑っていた。

 拘束してここまで連行した偽アロイスは、『王族たるオレ様をもっと丁重に扱え!』と周囲に噛みついているという。
 偽アロイスについては、従者はさすがに偽者だと知っていたが、他の多くの兵はその正体を知らされていなかったようだ。グレーゴーアのように内情も知っている者はごく僅かなのだろう。

「あの偽者を玉座に就かせる気はない、と?」
「万が一殿下が城で見つからなかったら、お飾りで置いとくかもしれねえけどなあ。
 だが、さすがにハイデマリー様はくれてやらねえだろ」
「国を奪う為とは言え、ラッフレナンドの血族を汚す程馬鹿ではない、か」

 ハイデマリー=ヴァーグナーは、ギースベルト公爵家の近縁で、ラッフレナンド王家の血筋も引いている令嬢だ。
 アロイスと年齢が近い事に加え、藍色の瞳と金髪という王家特有の容姿も有しており、アロイスが五歳の誕生日を迎えた年に婚約している。アロイスが兵役に就くまでは交流もあり、仲も良好だったようだ。

 現在はギースベルト公爵家に引き取られ、アロイスの妻となるべく花嫁修業に精を出している───というのがヘルムートから得た情報だ。

 大方欲しい情報が出揃ってきた。幻影に睨ませているのもそれなりに疲れるし、アランは最後の質問を投げかけた。

「では最後だ。ギースベルト派は、私の側女をどう見ている?」

 グレーゴーアはその問いかけに対して目を皿にした。しばしアランから顔を逸らし、やおら口の端を歪に吊り上げる。

「………それが最後なのかよ。最初かと思ったんだが、案外冷たいんだな?」

 その嫌味に、アランは足を組み替え、鼻で笑って応えた。

「好きに言うがいいさ。私は順序を間違えていない」
「………ああそうかよ。なら遠慮なく」

 しばしアランの顔を見ていたグレーゴーアだったが、この鉄面皮は崩れないと悟ったようだ。不自由な体で肩を竦め、ニヤニヤしながら口を開いた。

「…あんたの側女は、いの一番に抹殺せよと通達が出てたな。
 胎の子も邪魔。魔術師であるのも邪魔。まず生かしておく理由がない、とさ」
「…城の魔術システムを担っている魔術師を殺すと言うのか?」
「それこそいらねえだろ。ラーゲルクヴィスト家の三男坊がいるんだからよ」
「ああ」

 すっかり忘れていた存在を掘り起こされ、アランは顔を上げた。

 カール=ラーゲルクヴィスト上等兵。
 リーファの師匠である大魔女ターフェアイトに師事し、城の魔術システム”ラフ・フォ・エノトス”の管理の一端を担う男だ。
 ラーゲルクヴィスト家はギースベルト派であり、カール自身もギースベルト派に傾倒している。更に言えば、個人的にアランを嫌っているフシもある。

 リーファは、『魔術に向ける気持ちはとても真摯ですよ』とカールを評価する一方で、『魔術師としては…ちょっとムラがあるんですよね…』と素質と性格の面で問題を挙げていた。

 そんな不安定な魔術師だからこそ、”ラフ・フォ・エノトス”の全権までは預けていないのだが───さすがにそんな裏事情まで、ギースベルト派が理解しているはずもない。カールがいればリーファを殺しても城は回せる、と考えているのだろう。

(まあ、王権を得た事のない野党の考えなど、そんなものか)

 ギースベルト派の楽観的な考えにアランが呆れていると、グレーゴーアは困惑と不満を顔に滲ませた。

「………あんた、こんなとこで悠長にしてていいのか?」
「…うん?」
「カールのやつ、側女に惚れ込んでるだろ。今頃、延命ちらつかせながらベッドでよろしくやってるんじゃねえの?」

 その指摘に、アランは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。

 カールがギースベルト派としてリーファの前に立ち塞がり、あらゆる手段を用いてリーファを屈服させ、手籠めにする───そうした可能性はあるかもしれない。
 理由はさておき、カールがリーファを押し倒した事もあった。アランとしても、想像出来ない訳ではないが。

 カールの性格、性的嗜好、魔術師としての技量。
 リーファの性分、戦闘能力、彼女を取り巻くグリムリーパーと魔物の存在。
 それらを総合的に考えると───

「………それは、ないな」
「あん?」
「正直私も、側女に向けている彼の感情は測りかねているが───まあ、ないな。ないない」

 魔術勝負ならばリーファが先手を打ってカールを叩きのめすだろうし、グリムリーパーのサイスで魂を刈り取られれば一巻の終わりだ。ついでに言えば、キレたリーファの口八丁なら、カールなど余裕で封殺してしまうだろう。

 どうあがいてもカールが完膚なきまでに叩き潰される未来しか想像出来ず、アランは確信を込めて頷いてしまった。

「………カールのヤツ、そんなに弱いのか…?いや、あんなナリで、側女が強い…?
 まあ、死んでようが股開いてようが、俺にゃあ関係ねーけどなあ…」

 そんなアランを眺めていたグレーゴーアは、釈然としないながらもげんなりと肩を竦めたのだった。