小説
血路を開け乙女もどきの花
 ユーニウスの月の五日、夜。
 アロイスの一団を打倒したアラン達討伐隊は、日が暮れた頃に根拠地へ戻ってきていた。

 城襲撃の報は、根拠地到着直後に兵達に通達している。
 顔を青くする者、喚き散らす者、城への即時帰還を訴える者と、反応は様々だったが、アランは、

『襲撃の報は受けたが、我がラッフレナンド城が賊の手に堕ちるなどあり得ぬ話だ。
 城へは既に偵察班を向かわせており、今は騒ぐべき時ではない。
 各自、今夜は十分に身体を休め、明日の帰還に備えよ』

 と兵達に命じ、どうにか場を収めている。

 いつもの討伐作戦であれば、討伐を終えた日の夜は宴を開き酒を酌み交わすものなのだが、この凶報を聞いて心穏やかでいられる者はそう多くなかったようだ。食事を終えると、皆が皆暗い顔で就寝用のテントへ引っ込んで行った。

 ───そして。
 例に漏れず、アランもまた自分の就寝用テントへ戻ってきたのだが。
 寝る前にやらねばならない事が一つあった。

「入るぞ」

 一声かけ、アランはテントの入り口にかかっていた垂れ幕を押しのける。
 そして目の前の光景をざっと一瞥し───思わず、顔を背けてしまった。

「…お楽しみ中か。邪魔したな」
「楽しんでなどおりません」

 背中を向けていたシェリーが、苛立たしげに睨みつけてくる。
 テントの中では、一人の捕虜に対してシェリーによる尋問が行われていた。

 捕虜は椅子に座らされ、両足を椅子の脚に、胴を椅子の背に、両手を後ろ側に回されロープで拘束されている。鎧一式は脱がされており、布製のインナーの隙間からそこそこ筋肉質な体つきが見えている。

 洒落ているつもりなのか、乱れた茶髪にスカイブルーのラインを入れた中年男の名は、グレーゴーア=バッケスホーフ。今回のギースベルト派の事情を知っていると思われる男だ。

『お楽しみ中』と言ってしまったのは、グレーゴーアが心なしか嬉しそうに見えたからだった。
 布を巻いた角材でシェリーに殴られたらしく、顔のあちこちが赤く腫れていたが、乱れた吐息はどこか恍惚としている。

「何か吐いたか?」
「いえ、全く。下らないセクハラ発言ばかりで」
「『メイド長になら話してもいい』と言うから試しに任せてみたが………やはり駄目か」

 シェリーの焦燥に満ちた表情からも察せられたが、単に揶揄う目的で尋問に応じたようだ。角材に巻いた布には血が点々としていたが、そこまで殴られても口を割らない辺り、もしかしたら薬で痛みを和らげているのかもしれない。

 グレーゴーアが口を割ろうが割るまいが、明日のアラン達の行動に支障がある訳ではない。城の情報は確かに欲しいが、こうして無為に時間を重ねるくらいなら、尋問を終えても構わないのだが。

(…一つ、試してみるか)

 気が進まないと思いつつも妙に浮かれてしまうのは、先の戦いで上手くやり込める事が出来た達成感もあるのかもしれない。

「…シェリー、しばしテントの外で待機していろ」
「よろしいのですか?」
「ああ。少々賑やかになるかもしれんが、私が呼びに行くまでは入って来なくてよい」
「…はい」

 王と捕虜二人きり、という状況は、さすがのシェリーも不味いと思ったようだ。しかし差し出してくるアランの手を見て、諦めが入り混じった表情で持っていた角材を渡してきた。胸に手を当てて首を垂れ、テントの外へと出て行く。

 シェリーとの逢瀬を邪魔されたグレーゴーアは不満そうだ。テントを出るシェリーの背中を追っているアランに文句をつけてくる。

「…んだよー。もう少しで喋ろうかと思ったのによー。もうメイド長のストリップショー見るまで喋ってやんねーぞー」
「ほう、もう少しか。ならば、今度は私がお前の相手をしてみせよう。案外、気に入るやもしれんぞ?」
「はぁーん?」

 眉を上げて睨んでくるグレーゴーアを無視して、アランは口元に笑みを浮かべ淡々と詠唱を開始した。

「”現出せよ、幻影の姿見。四方に展開し、時には合わせ、時に重ねて、我が虚像を模るがいい。───インヌメラビレス・アルター・エゴス”」
「…っ!」

 アランが幻術を発動して、グレーゴーアから動揺が伝わってくる。
 詠唱を削って発動し現れた幻影は、三体。先の戦いで疲弊した割には出せた方か。

 アランと寸分たがわぬ幻影達が、戸惑うグレーゴーアの左右と後ろに回り込む中、アランは一歩一歩踏みしめるように近づいて行く。

「侯爵家の庇護下に置かれていたお前は、知らぬかもしれんがな。私が兵役に従事していた地方では、歓迎と称して新人を徹底的に可愛がるのが恒例となっていた」

 背後に移動したアランの幻影が、グレーゴーアの首に指を絡める。
 幻影は実体を伴っていないから、幻影の指はただ喉を突き抜けるだけ───のはずなのだが。

「えっ」

 艶めかしく動いた幻影の指先に促され、グレーゴーアは顎を上げてしまった。勝手に動いた体の反応に、彼自身が目を丸くしている。

(幻影であると分かっていても、頭の中で考えが誤作動を起こし、まるで触れられているように錯覚する事があるという)

 上から見下ろす幻影と、無意識の内に顎を上げさせられたグレーゴーアの視線がかち合う。
 波打つ金髪のカーテンで、視界が暗くなっていく。夜の闇のような藍の瞳が、近づいて行く。吐息のようなものが、頬を撫でて行く。
 やがて、幻影の長い睫毛が羽根扇子のようにはたりと微風を切ると、グレーゴーアの喉がゴクリと鳴った。

「村や町が近い土地ならば、商売女を呼んで色事に耽る事も出来るのだがな。
 女が身近にいないのならば………まあなんだ。代わりを使う事もままある訳だ。そちらの方が厄介な事にはならんし、好む者もそれなりにいた」

 先の言葉は聞き流していたグレーゴーアも、続けて発した与太話には顔色を変えていた。件の新人達がどんな形で歓迎され可愛がられたか、それとなく気が付いたようだ。

 左右にいた幻影も動き出した。左の幻影はトップスのインナーの襟から、右の幻影はボトムのウェストから手を入れていく。

 大切な事だから何度でも言うが、実際には触れていないのだ。ただ、頭の中はそう考えられないようで───

「ひっ、あ、やめ───う、あっ」

 どこかを触られたような気がしたのか、グレーゴーアが不自由な体を身じろぎさせた。縛り付けられた椅子を体全体で揺り動かし抗うが、幻影に押し留められる錯覚まで味わっているらしく、満足に動けていない。

 実体のない存在にいいようにされている男の姿を見て、アランの心に嗜虐の火が灯った。グレーゴーアのすぐ目の前まで近づき、満足げにその顔立ちを見下ろしている。

「ふふ、良い顔をしているな。体つきも、悪くない。
 もう少し身綺麗な方が私は好みだが、痛みには強いようだからな。多少は乱暴にしてしまっても、問題はないか?
 丁度良い太さの棒もある。まずはちゃんと入るよう、じっくり慣らしてやるとしよう」

 ささくれ立った角材で手をポンと叩き、にっこり笑うアランを見て、これから何をされるのか察したようだ。グレーゴーアの顔が恐怖で満たされて行くのに、然程時間はかからなかった。

「ひ、やめろ、いやだ、いや、───やめろぉおおぉぉぉっ…!」

 悲しい悲しい男の慟哭は、テントの外まで易々と響き渡ったのだった。

 ◇◇◇

 ───そして。
 一分かかったか、十分かかったか、三十分かかったか。

「あ───アロイス=ラッフレナンド殿下は、ラッフレナンド城に、いる…!」

 汗と鼻水と涎を垂らし、憔悴しきったグレーゴーアは、ぽつりぽつりと仔細を語り出したのだった。