小説
血路を開け乙女もどきの花
(ならば、城の主として為すべき事を為すのみ)

 アランは視線を下ろし、番兵達に向けて凛とした声で命じた。

「門を、開けろ」
「「ははっ!」」

 王命に対し、番兵達はすぐさま従った。民衆を左右に分け、門の錠を外し、鉄柵扉を開放していく。

 望み通りに城下門が開放されても、民衆達が石橋になだれ込むような事はしなかった。騎乗したまま石橋を渡って行くアラン達一団をただ見送る。

「陛下、植物にはお気をつけ下さい。眠りの魔術にかかってしまいます」
「分かっている」

 アランのすぐ後ろの馬で追従しているエドヴァルド=レホトネン大尉の進言に、アランは淡々と応えた。

 第一報によれば、あの植物は人間を眠らせる魔術が込められているようだ。植物に触れた者にじわりと襲い掛かり、あっという間に体に絡みついて、瞬く間に睡魔に誘うらしい。
 火の魔術によって焼き切る事は可能だが、焼いても焼いても植物が伸びてきてしまうので、完全な一掃は現時点では困難、という結果が出ている。

 その生態は、虫を捕らえて食する食虫植物を連想させた。獲物にまとわりついて拘束し、自身の栄養としてしまう恐ろしい植物だ。
 城内に在る者達が、皆この植物の餌食になってしまったのかと考えれば、これ程恐ろしいものはないが───

(………何故、だろうな。悪いもののようには思えん…)

 肌に伝わる魔力から、不思議とそんな気持ちが生じてくる。

 魔術に触れる機会が増えると、魔力の流れから魔術の性質を知覚する事も出来るようになる。
 アランはまだ勉強中の分野だが、そんな未熟なアランですら、これらの植物から敵意のようなものは感じられなかったのだ。

 第一報にも『攻撃を向けなければ比較的大人しい』『植物に触れると何故か気持ちが楽になる』とあり、あながち間違いでもないのだろう。勿論、油断を誘っている可能性も十分考えられる為、気は抜けないのだが。

「…咲いている花は、クレマチスですわね。”蔓性植物の女王”と呼ばれている、修景向けの植物です。
 品種が多い植物ですが…ここのクレマチスも、様々な品種が咲いておりますわ。
 あちらの白い六枚の花弁はテッセンと呼ばれる種で、”甘い束縛”、”縛りつける”、”高潔”という花言葉がありますの」
「”女王”………”甘い束縛”………か」

 レホトネンの隣の馬に騎乗していたシェリーの言葉を、アランは反芻する。この城が王に冠する者に乗っ取られていると考えれば、これ程相応しい植物はないのかもしれない。

 馬車すらすれ違える程の幅がある石橋だが、戦闘に向いているとは言い難い。しかし、突然の襲撃への備えは必要だ。
 一団が石橋の入り口近く───植物に浸食されている所からは数メートルは離れた場所まで到達すると、アランは後ろに控えていた盾兵を呼びつけた。

「盾兵よ、前へ」
「「「ははっ」」」

 王の命に応じ、馬の間を縫って盾兵五名がアラン達の前に立ち、魔力障壁付きの盾を構える。
 そして騎馬分隊がそれぞれ武器を手に構えると、アランもまた腰に下げた剣を引き抜き、緑の壁に向けて声を張り上げた。

「我はアラン=ラッフレナンド!ラッフレナンド国の王であり、この城の主である!
 美しき我が城を乗っ取り、緑で満たした痴れ者共よ!即座に門を開放し、その首を我が前に差し出すがいい!
 さもなくば、妻子眷属諸共、お前達の罪をこの剣を以て清算させる事となろう!!」
「「「おおぉおおぉおーーーっ!!」」」

 アランが剣を高らかに掲げると、背後の騎馬分隊も武器を掲げ、鬨の声を上げる。少数ながらも腹の底から吐き出された雄叫びは、城のみならず城下にも響き渡る。

(ここからは、持久戦だ。城が異様に静かなのは気がかりだが、これだけ騒げばギースベルト派の襲撃班とやらも行動を起こさざるを得ないだろう。まずは、あちらの出方を───)

 ───ごがしゃんっ!

 警戒を込めて城壁を見据え、今後を思い巡らせた途端の事だった。
 唐突に頭上から、金属がかち合うような派手な音が聞こえて来たのだ。

 あまりにも早過ぎる反応に、その場の兵が一斉に驚愕と警戒を露わにする。剣、槍、弓、そして盾を構え、視線は城壁の遥か上へと向けられた。

 城壁の上部は、警備の為の哨戒路となっている。そんな城壁門の哨戒路から、まるでずっとそこにいたと言わんばかりにひょっこりと出てきたのは、一つの人影だ。

「あ、う、わわ。お、お待たせ、致しましたぁ!」

 頭を下げてきた人影は、チェインメイルとサレットという、ラッフレナンド城の巡回兵の標準装備を身に着けていた。城壁に身を乗り出している姿を見ると、あまり背は高くないように思える。幼さの残る声の高さから、まだ声変わりも済んでいない少年兵ではないかと推測出来た。

「たっ、只今城門を開けます!人手が足りないので、しばしお時間を頂きますが、どうかご容赦下さい!!」

 推定少年兵はそうまくし立てると、こちらの返事も聞かずに奥へ引っ込んでしまった。カッシャカッシャと鉄靴が遠のいていく音だけが響き渡る。多分だが、城壁を開けに行ったのだろう。

「………………はぁ?」

 若い靴の音を聞きながら、アランは口を開けて呆気に取られてしまった。

 戦闘は覚悟していた。多少の怪我や被害も想定していた。城を緑で埋めるような凄腕の魔術師相手に、魔術戦も考えられた。

 しかし、あっさり開城に応じた少年兵の姿に、拭いきれない違和感が生じた。
 想像していた何もかもが起こらない───いや、既に起こってしまった後なのではないかという、肩透かし感が過る。

「…今のは、三階の巡回兵ですわね…」
「敵には、思えませんが…」

 アラン同様に毒気を抜かれてしまったらしい。シェリーとレホトネンもまた剣を下ろし、再び沈黙してしまったラッフレナンド城をただただ見上げていた。

「一体、何が起こったのだと言うのだ…?」

 途方に暮れるアランの問いに答える者はいない。
 しかし足元では、石橋を這っていた植物が徐々に後退して行くのが見て取れたのだった。