小説
叱って煽って、宥めて褒めて
「あんたがアタシを頼るなんてねえ………どういう風の吹きまわしだか」

 占い用の水晶玉の上で足を組んで座り、具現化したターフェアイトはニヤニヤしながらリーファを見上げている。

 すっかり夜は更け、魔術研究室にいるのはリーファとターフェアイトだけだ。カールは明日の朝が早いという事で、件の小説を手に宿舎へと戻って行った。
 アメジストのネックレスから水晶玉に移っていった残留思念を見て、そこそこ名残惜しい表情を見せたが、相談だけなら一日もあれば十分だ。『すぐにお返ししますよ』と説得して、帰ってもらっている。

「ここに来てから、色々手伝ってあげたでしょ?
 迷惑料くらい、取っといてもいいかなって思ったの」
「はぁん?まあ、そういう事にしといてやるよ」

 つんけんした態度で言葉を返しても、ターフェアイトの笑みは崩れない。まるで、リーファの心境などお見通しだ、と言わんばかりだ。

「で?王サマはどんな魔術を習得したいって?」
「それが…『王に相応しい、皆が驚くような魔術がいい』って」

 はあ、と心底呆れた様子で溜息を零し、ターフェアイトは足を組み替えた。

「ざっくりだねえ。
 ま、今の所差し迫った脅威はなさそうだし、そうなるのが自然かねえ」

 彼女の分かりやすい落胆は、リーファにもよく理解出来た。

 ───ターフェアイトの弟子達は、恐らく明確な目的を持って彼女に師事したのだろう。
 リーファは護身の為に行かされたし、姉弟子リヤンは国防の為に国をまたいでターフェアイトの弟子となった。
 カールの目的は分からないが、魔術への関心は昔からあったのだろう。魔術師として日々成長している彼は、どこか確たる信念を感じさせる。

 それに比べ、アランの提案はどこかあっさりしたものだった。
 先王が魔術に興味を示していたとは聞いているが、アランが魔術を習いたいと言ったのは今回が初めてだ。
 周囲が魔術に関心を寄せ始めたから、気になりだした───そんな感じに近い。

 過去に多くの者達を指導してきたターフェアイトとしては、ふわっとした理由で魔術を覚えたいアランに、あまり良い印象はないのかもしれない。

「まあ、特に目標もなく魔術を使ってみたいなら、まずは見た目から入るでしょうから。話を聞く限り、攻撃魔術が良さそうだったかな…」
「…なら、まずは素質と適性の確認からだねぇ。
 王サマの性格を見るに天系の属性だろうから、ちったあ派手にはなるだろうさ」

 机に開かれたノートに、リーファはターフェアイトの言葉を書いていく。

(私の時は、フェミプス語の習得から始めさせられたけど…やっぱり適性は、先に調べた方がいいのね…)

 ”天系の属性?”と書いて、リーファは顔を上げてターフェアイトに訊ねた。

「…性格と得手の属性って、関係あるの?」
「生まれ月で見る性格診断くらいの信憑性だけどね」
「…本当に参考程度ね…」
「ああいう癇癪を起こすタイプは、天に由来する属性が多いんだよ。雷や風とかさ」
「風…かあ…。カールさんの時みたいにならないといいけど…」

 鉛筆を机に置き、リーファは腕を組んで唸り声を上げた。

 まだターフェアイトが存命中の頃、カールが風系統の魔術訓練中に魔力を暴発させてしまい、右手を細切れにしてしまった事があったのだ。
 すぐにターフェアイトが回復魔術を施した為、幸い後遺症もなく右手は元通りになった。
 痛い目に遭ったはずのカールは恐怖するかと思いきや、『これが暴発…!』とどこか喜んでいたのが印象的だ。

 しかし、その酷い有様を目の当たりにしたリーファは、ちょっとしたトラウマになっていた。
 同じ訓練をしても、せいぜい指先の皮を浅く切る程度の失敗しかした事はなかったから、下手したら死にかねない”暴発”という現象にぞっとしてしまったのだ。

「何度か失敗しないと、コツなんて掴めないもんさ。
 多少の痛みを覚悟出来ないヤツは、何やっても中途半端になっちまうもんだ。
 …教える方もね」

 そう言って、ターフェアイトは物憂げに目を伏せる。

(師匠の身近な人達の中に、そうして命を落とした人がいたのかな…)

 四百年近く生きてきたターフェアイトは、普通の人間よりも多くの人の死を見てきたはずだ。
 特に、魔術師王国時代は魔物との戦いも激しかったと聞くし、より強力でより洗練された魔術が求められただろう。
 研究、訓練、実戦のいずれかで魔術を暴発させて死ぬ───そういった者達もいたはずだ。
 ターフェアイトの言葉には、そんな彼らを見続けてきた者としての戒めと覚悟が籠められていた。

「そう…だね。私も覚悟して向き合わないとダメなのよね…。
 …ならせめて、魔力剣の扱いから教えた方がいいかもなあ。
 多分陛下は、以前の兵士さん達くらいの使い方しか知らないはずだから…」
「いいんじゃないかい?
 魔力剣でコツ掴ませて、慣れてきたら発動体を介した魔術を覚えさせていけばいいさ」

 ”発動体”というのは、魔術を魔術として外に放出する為の補助具だ。
 魔力を構成する”詠唱”と、魔力を発動する”発動単語”を自前で用意する必要はあるが、これらを複数用意しておく事で様々な属性の魔術を発動出来る。決められた魔術のみ発動するよう出来ている魔力剣よりは、汎用性が高い。

 発動体は主に武器やアクセサリーを加工して作るが、体に特殊な染料で彫り物をする者もいるという。飾る宝石や染料の種類により、属性付き魔術の威力は若干ムラが生じやすい。

 リーファは思わず唸り声を上げた。リーファ自身は魔術習得の際に発動体をそこまで必要としなかったから、すっかり失念していたのだ。

「そっか…発動体も作らないと駄目なんだ。
 陛下と相性の良い石を選んであげたいなあ。出来るだけ失敗しないように。
 師匠の持ってきた素材で足りればいいんだけど………どんな魔術を覚えてもらうかは、そこからかぁ…。
 …ううん、やる事が…やる事が、多い…」

 ノートに”魔力剣”、”発動体”、”作成”、”相性”などと単語を書き殴り、矢印などを引いていくと、一面があっという間に埋まって行く。出来れば今日中にアランに提出するカリキュラムは作りたいが、果たして間に合うかどうか。

 眉間にしわを寄せて唸っていると、ターフェアイトがリーファに声をかけてきた。

「ねえ、リーファ」
「うん?」
「あんたは、カールみたいにアタシに望むものはないのかい?」

 ターフェアイトが変な事を言い出すものだから、リーファはついノートから師匠に目を移す。
 彼女は水晶玉から降りて、腰に手を当ててノートのすぐ側まで近づいていた。

「いつ消えるか分からない命だ。今ならサービスしてやってもいいんだよ?」

 見上げてくるターフェアイトからは、揶揄いや嘲りなどの表情は見えてこない。強いて言うならば、ちょっと拗ねているように見えるくらいだ。

 リーファは鉛筆をノートの上に置き、腕を机の上に乗せてターフェアイトを見下ろした。

「…どういう風の吹きまわし?
 何か悪い物でも食べた?明日はブタでも降ってくるの?」
「なんでだい?!」

 どうやら自分の発言が滑稽だとは微塵も思わないらしい。ターフェアイトは不満げに突っ込んできた。