小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 ターフェアイトと話し込んでいる内に、ふと、アランが全く反応していない事に気付いた。

「…あの、アラン様?」

 恐る恐るアランを見上げると、彼は目を逸らし口元に手を当てて何か考え込んでいたようだった。ブツブツ何か言っているが、よく聞き取れない。

 ターフェアイトは聞こえるのだろうか。アランを見上げ、ニヤニヤしていた。

「…あー、毎日でも店に通う気でいるねぇ、この王サマ」
「ま、毎日来られるのはちょっと」

 ターフェアイトに突っ込みを入れていると、アランは小さく頷いてからリーファに顔を向けた。

「…うむ、却下だ。
 確かに城と城下の二重生活は、大変そそるものがあるが…。
 そもそもお前の店の物など私が全て買い占めてしまうのだから、製作も販売もわざわざ城下でやる必要はない」
「っぷ、ははははっ!通うんじゃなくて住むつもりだったのかい。
 こりゃ一本取られたねえ」
「…何でうちに住むんですか…王様なのに…」

 ターフェアイトは腹を抱えて大笑いし、リーファは呆れて肩を落とした。どういう訳かアランの想像の中では、城とリーファの実家を行き来する事まで考えていたようだ。

「という訳で、あり得ない未来の話は終わりだ」

 アランはそう会話を断ち切って、リーファを手招いた。どうやら授業方針の完成は明日以降になりそうだ。
 リーファはノートを閉じ、鉛筆と一緒に引き出しに仕舞い込む。

「師匠、また明日よろしくね」
「ああ、おやすみ」

 ターフェアイトに手をかざすと、彼女はリーファの手をぺちりと叩いてみせた。小さな師匠の体は歪み、白い綿のようなものに姿を変え、座っていた水晶玉と一つになっていった。
 水晶玉に真っ白なシルクのハンカチをかぶせると、一度だけほんのり光を放つ。

「”断て”」

 天井から部屋を煌々と照らす魔術灯に手をかざし、魔術遮断の魔術を発動させて灯りを消す。アランを追って、リーファもまた魔術研究室を後にした。

 部屋に鍵をかけていると、側にいたアランがぼそりと呟いている。

「…あんな事を考えていたとはな」

 鍵をスカートのポケットにしまい、苦笑いでアランに応えながら肩を並べて廊下を歩きだす。夜が更けた為か、視界の先にある薬剤所も医務所もそこまで忙しくはなさそうだ。

「ただの妄想ですってば。昔は、あんな事思いもしませんでしたよ。
 …ナイフに小さな火の魔術を付与して、火起こしが出来る万能ナイフにしたり。
 守りの紋を付与した花の髪飾りを作ってみたり。
 人を見てその人に合う発動体に改良…とかも面白そうだなって」
「具体的な商品も既に考えているのか。
 …ならば私は、お前が望む素材の仕入れでも手伝うとしよう」

 リーファの妄想にアランが無理矢理割り込んでくるものだから、ドキリとしてしまう。
 心配になってアランを見上げると、彼はご機嫌で口の端を吊り上げていた。

「や、やだ。何言ってるんですか。お、王様稼業はどうするんです?」
「ただの妄想、だろう?そこに王だの国だのは関係ない。
 何でもない一人の男として、私を好きに使うといい」

 つまりアランは、リーファのこの拙い妄想に付き合ってくれるらしい。

(こういうのって、自分の中で勝手に考えて勝手に終わるものだと思うけど…)

 しかし、リーファが考えもしないような発想が、アランの口から飛び出る事もあるだろう。そこから想像を膨らませるのも楽しいかもしれない。

「あ、ありがとうございます………じゃあ、買い出しをお願いしますね。
 ああでも、どこに買い出しに行ったらいいんでしょうね。宝石屋さんで一通り揃うんでしょうか…?」
「アーシーの町は、マゼスト周辺で採掘された宝石や貴金属が運ばれる。武具や装飾品を求めるならば、あちらに買い出しに行くのがいいだろうな。
 植物が必要ならば、フーリアのゲーエント庭園に交渉するといい。
 魔術関係の物品はさすがに専門外だが…魔術研究が盛んなリタルダンドは遠いからな。
 海路が拓けているシュリットバイゼ経由で探す方が───
 思い切ってヴィグリューズに足を延ばすのも───」

 さすが、というのも失礼な話だが、国内をまとめる王だけあって、各町村は勿論諸外国の情報も頭に入れているようだ。どこまでも出てくるアランの知識に、リーファから感嘆の吐息が零れた。

 城下の実家の中で小さく収まっていた、リーファのつまらない妄想。それがアランの言の葉によって補強され、一気に膨らんでいく。

 ───荷馬車を借りて町へ買い出しに出掛けて、家に戻ったら素材を加工して、作りたいものを作る。

 最初は城からの注文を受けて数をこなし、経営が軌道に乗ったら城下の人向けの商品を考える。
 実家の立地は悪くないのだ。冒険者向けの商品を取り扱ってもいいかもしれない。

 商品が増えれば、保管する倉庫を借りないといけなくなるかもしれない。
 効率よく商品を作る為に、人を雇わないといけないかもしれない。

 他の町に支店を作れるほど成長したら、どうしようか───

(こんなすごい人の側に、私いるんだなぁ…)

 アランから入ってくる知識を基に妄想が膨らむ中、今更な事をしみじみと考えてしまい、リーファはほんの少しだけ恐縮してしまった。