小説
叱って煽って、宥めて褒めて
「という訳で、陛下に勉強して頂く内容はこちらの通りになります」
「うむ」

 後日、ターフェアイトとカールに協力してもらって完成させた魔術カリキュラムの書面を、アランに提出した。
 ここ魔術研究室には、リーファの他カールにも同席してもらっている。ターフェアイトはリーファが膝に乗せている水晶玉に取りついており、質問に対するフォローをしてもらうつもりだ。

「普通、座学を含めると五年位はかかるそうなんですが、今回は実技のみなので二年で習得してもらおうと思っています。
 公務でお忙しいとは思いますが、都合の良い時にお教えしますので、私に声をかけて下さい。
 私がいない時は、カールさんにお願いしてあります」
「側女殿のようにお優しく出来る自信はありませんが…善処致します」

 カールが少しばかり不満そうに言葉を添える。
 カールには、リーファが”禊の島”などに出かけて城にいられない時にアランの指導をお願いしている。上等兵としての仕事があるから都合がつかない事も多いだろうが、それでも無いよりはマシだ。

「………………………」

 アランはただ、眉根を寄せてカリキュラムを読んでいた。悩んでいるような、困っているような、そんな表情だ。

((…なんか、あんまりよろしくないみたいだねえ))

 ターフェアイトが、水晶玉からリーファにだけ聞こえるよう思念を寄越してくる。

 あまりに反応が薄いアランを見て、リーファとカールは顔を見合わせた。思わず訊ねてしまう。

「あの…陛下?何か不都合がありました?」

 しばらく黙り込んでいたアランだったが、おもむろに口を開き、おずおずと訊ねてきた。

「この、魔術の習得、というのは、これほど、時間が、かかるものなのか…?」

 その質問を聞いて、リーファは怪訝な顔をした。

 アランにとって魔術は未知の領域のはずだ。どういう仕組みで魔力が編まれ、形を成し、魔術として作用するかもまだ教えていない。
 習得までの期間など、分かるはずもないと思っていたが。

「え、ええ。私は師匠から『申し分なし』と言われるまで二年はかかりました。
 …まあ、内一年位は家事ばかりしてましたけど、下地も含めても一年半くらいでしょうか。
『これでも十分早い方だ』と師匠からは言われましたし、二年でも足りるかどうか…という所です」
「しかし、上等兵は一ヶ月で何とかしていただろう?」

 カールを引き合いに出され、リーファもカールもぎょっとした。

「か、カールさんは、私よりもずっと才能がある方なんですよ?
 師匠は、『早すぎて逆に心配だ』と言っていたくらいなんですから。
 魔術の基礎もある程度ご存じだったみたいですし、一から始める陛下とは比較出来ませんよ?」
「お、オレは、実家にいた頃より魔術書に触れる機会がありました。
 本格的に魔術を習得したのはターフェアイト師に師事してからですが、それ以前から研鑽を積んでいたと自負しています」

 カールも釈明に加わると、アランはより一層顔色を悪くした。

((…ありゃあ誰かから何か吹き込まれたね))

 ターフェアイトの推測を聞き流しつつ、リーファはアランに訊ねた。

「…もしかして、誰かに言われたんですか?」

 問いかけられて落ち着きなく目を泳がせていたアランだったが、溜息と共に書面をテーブルに置き、ぽつりぽつりと話し出した。

「…先日、ゲルルフ=デルプフェルトと話をして…な。
 お前に対する指導と、ゲルルフの後任を決めるよう話をしたのだが。
 その折に、少し…な。売り言葉に買い言葉、というか…。
 上等兵の習熟具合を見て、何とかなるのではと思ったのだが」

 次の言葉を待つリーファ達から目を逸らし、アランはぼそりと言った。

「…に…二ヶ月で、飛び切りの魔術を披露してみせると、言ってしまった…」
「「に───二ヶ月!?」」

 リーファは勿論、カールもその発言に声が裏返ってしまった。

 こちらの動揺で酷い事を言ったと分かっただろうが、アランは食い下がる。

「何とか形にならんだろうか?」
「む…無理です!幾ら何でも…二ヶ月じゃあ…!」
「私にも、上等兵くらいの才能があるかもしれんではないか」
「──────」

 戸惑ってはいるがあまりにも楽観的な考え方に、リーファは言葉を失ってしまった。

 リーファが設定した”二年”という期間は、カールやターフェアイトと相談して決めたものだ。
 公務という国の明日を決める務めがおざなりにならないよう、魔術の訓練を組み込んでもアランに負担がかからないよう考慮してある。
 まだアランの魔術の素質は調べていないが、仮に問題があってもちゃんと矯正出来るようにしてこの期間だ。
 そういう意味では、ある程度訓練期間が短くなる可能性はあるが───

((あーっはっはっはっはっは!
 二ヶ月!?ずぶの素人の癖にたったの二ヶ月で魔術使うとか言ったの?
 こりゃまた随分でかい口叩いたねえ!))

 水晶玉の中でターフェアイトが大爆笑した。数多くの魔術師を輩出してきた師であっても、アランの問題発言は看過出来なかったようだ。

(笑いごとじゃないでしょう?!)
((いやいや、思い付きでそこまで大口叩けるのは、ある意味才能あるよぉ。
 まさかカロを殺したヤツの末裔に、カロの面影を見る事になろうとはねえ。あっはっはっ!))

 どうやらかつての魔術師達の王は、荒唐無稽な発言をして周囲を困らせる天才だったようだ。

 水晶玉から響くけたたましい笑い声を無視し、リーファはアランに訊ねた。

「な、何とか期間を延ばしてもらう事は出来ないんですか?ただの口約束ですよね?」
「…その魔術を、年始の行事に披露する約束をしている。
 ゲルルフが認めるような魔術を披露出来たら、ゲルルフは喜んで務めを後任に譲ると。
 だがもし、私が魔術を披露出来なかった時は───」

 アランはそこで一旦言葉を区切り、表情を押し殺してリーファ達に言った。

「私は国王の座から退き、他の者に王位を譲る」
「──────」

 その重大発言に、リーファは顎が外れんばかりに大口を開けた。