小説
叱って煽って、宥めて褒めて
「………………」

 王は目を剥いてゲルルフを睨み返していた。
 大きく息を吸い深く吐き出すその様に、怒りだけは読み取れた。しかし黙して動かない姿は、懸命に気持ちを鎮めようとしているようにも見えた。

 睨み合う事しばしが経ち、

「………っ、はー………、はー………!」

 先に音を上げたのは、ゲルルフの方が先だった。悲しいかな年には勝てないものだと実感しながら、激昂して荒くなった呼吸を整えた。

 そんな無様な姿を見て不憫に思ったのか。王は徐々に平静さを取り戻し、労わりの言葉をかけてくる。

「…休憩するか?椅子でも持って来ようか?」
「結構、です…!」

 年寄り扱いが癪に障って、ゲルルフは拒絶と共に歯を噛み締めた。

「………側女に言われた事は否定しない。だが謝罪は純然たる私の意思だ」
「どちらもさして変わりありませんな…!」
「そうか。だが私の話はまだ終わっていない。
『話は最後まで聞くもの』だぞ?ゲルルフ=デルプフェルト」

 王の指摘に、ゲルルフは我に返る。
 それは王が幼少の頃、教育を任されていたゲルルフが口を酸っぱくして言っていた言葉だった。

 過去の自分から殴られたような気がして、ゲルルフは神妙な面持ちで頷いた。

「………聞きましょう」

 眼前の存在がどれだけ暗愚な王だとしても、仕える者までもが愚臣を演じる必要はないのだ。
 そう心に言い聞かせ、ゲルルフは息を整え背筋を正した。国を大事に考える一臣民として傾聴する姿勢を見せる。

 王はその振る舞いを見て満足そうに頷き、前のめりに体を傾げた。

「お前が言っていたデルプフェルト家の令嬢、正妃に迎えてやってもいい」

 淡々と告げられた提案に、ゲルルフはまたしても驚かされた。
 見合いを散々拒み続け、側女を正妃にしたいなどと世迷言を言い続けてきた王が、今更になって他から正妃を迎えるなどと。

 魔物が化けているのかと勘ぐってしまったが、不承不承を滲ませたその顔は確かに王その人であった。

「───理由を、お聞かせ願えますかな?」
「問題があるか?
 王の忠臣が、国の為に縁談を勧めてきた。
 王は、国の為に国母に相応しい令嬢を迎える。
 何らおかしい事ではない」
「…それも側女に言われたのですな?」
「違う。側女からは何も言われていないし、我々の事情を何も伝えていない。
 ………お前が側女を”石女”呼ばわりして侮辱した事も、な」

 ◇◇◇

 側女であるリーファが胎の御子を流産してから、そろそろ一年が経とうとしていた頃の話だ。

 その間、王は相変わらず正妃を娶ろうともせず、側女すら増やそうともしない。
 そしてリーファに妊娠の兆候が表れる事もなかった。

 どうやら、女性は一度流産すると妊娠しづらい体質になる場合があるようだ。
 気付けば、城内でリーファが魔術師として活動するようになってしまい、王との接点が減っている。
 この時期は逃すまいと、ゲルルフは縁談の話を持ちかけたのだ。

『陛下のお相手をせず、魔術に現を抜かす石女など捨て置きなされ。
 デルプフェルト家の血筋にはもう一人、妙齢の娘がおりまする。どうか陛下の正妃に───』

 しかし王は、忠臣であるゲルルフの進言に激昂した。

『お前は…!誰の所為で我が子が喪われたか忘れたか!?
 胎の子の序列を勝手に決め、側女の心身をズタズタにしたのはお前の血族だぞ!!』

 とんだ言いがかりだった。
 見合い女性の一人でありゲルルフの親戚でもあるウッラ=ブリットは、リーファの流産に直接関与していない。
 犯人はウッラ=ブリットの側仕えだったが、自発的に行った事だと判明している。

 後に発覚した呪術の行使については弁解の余地はないが、流産に関する王の怒りは只の八つ当たりだった。

 だが。

『ああ………やはり”王殺しの正妃”の血筋は、王の血統を脅かすものなのか?』

 蔑むような王のこの言葉に、今度はゲルルフの血が上った。

 ───かつてのラッフレナンド王ヴァルトルを殺した、二十二人目の側女ヨーゼフィーネは、デルプフェルト家の娘だった。

 ”残虐な女狂い”ヴァルトル王の悪癖は、城勤めの誰もが知っており、ヨーゼフィーネが犯した大罪に同情する者は多かったと言う。

 王弟のベナークがヴァルトル王の名を騙り務めを代行するようになったのは、何も王の醜聞を広めない為だけではなかった。
 ヴァルトル王の死を無かった事にして、長らく王家に忠誠を誓ってきたデルプフェルト家を保護する為でもあったのだ。

 しかし正妃に召し上げられたヨーゼフィーネは、いつからか”王殺しの正妃”と陰口を叩かれるようになった。

 言い出しっぺは判明しなかったが、『女性を嬲り殺し続けた王をたちどころに改心させ、側女から正妃まで上り詰めた女性』という、成り上がりを揶揄う意味で広まっていた。

 だが事情を知っている者達は、その意味のまま受け取る事など出来るはずもない。
 不名誉な異名を抱え、デルプフェルト家は半ば腫れ物に触るような扱いを受け続けてきたのだ───

『………デルプフェルトを、貶めるというのですか………!?
 古来より王家に仕え、その忌まわしい名に振り回されようとも陰日向になって王を支え続けた、このデルプフェルト家を…!』

 恥ずかしい話、ゲルルフはそこから先の事はあまり覚えていない。
 しかし互いに逆上した状況で収拾などつくはずもなく、気付けば『魔術披露を機にどちらかが城を出る』取り決めをしたのだった。