小説
魂達の宿借り行脚
「ハイ、お疲れサマ」

 時間としては五分程だろうか。リーファの検査が無事終了した。
 テスタの手が離れていくと、乱れていた呼吸が整っていき、先の感覚が嘘のように消え失せていく。目頭は熱いが、気持ち自体はすっきりしていると言ってもいいかもしれない。

「あ、ありがとうございました…」

 リーファはゆっくりとソファーベッドから体を起こし、笑顔を浮かべるテスタに頭を下げる。
 そして、ふらふらになりながら診療スペースから出ると、目の前に腕を組んだアランが立ちはだかっていた。

「う…」

 分かってはいた事だが、リーファの口からつい呻き声が上がる。
 アランは眉根を寄せ、こめかみには青筋が浮き上がり、唇は真一文字に引き締め、顔全体で憤怒を表現していた。

「り、リーファ、大丈夫だったかい?なんか、すごい声がしたけど?」

 何も言えずにいると、ヘルムートがアランの横から顔を出してきて、愛想笑いを浮かべている。その表情から、相当宥めるのに苦労した事が伺えた。

「あ…うん、はい。全然、大丈夫です、はい。
 スカートの外側から調べてもらってて………初めての感覚で、戸惑ってしまって」
「ふむ、お前の初めてをヤツが奪ったと?聞き捨てならんな」

 アランの口の端は吊り上がっていたが、その深い藍色の目は笑っていなかった。衝立の向こうのテスタに向けて、殺気めいた視線を向けている。

「け、検査なんですから、仕方がないじゃないですか。そんなに、怒らないで下さいよ…」
「怒ってなどいないさ。いないとも。当然だろう、検査なのだから。
 だが何をされたのか、今夜じっくり聞くから覚悟しておけ」

 まるで不義を責められているかのようだ。
 何の落ち度もないのに怒られているようで、リーファは口を尖らせた。

「服越しに触られてただけなのに…」
「夜まで待たなくても、今から体験出来るよ。王サマ」

 リャナからの声が背後からかかり、アランもリーファもそちらに顔を向けた。
 見れば、テスタとリャナが衝立の側に佇み、ちょいちょい、と手招きをしている。

「ハァイ、王サマ。次は、ア・ナ・タ」

 艶めかしい手つきで衝立の中へ招くテスタを見て、これからアランの検査が始まるのだと気付くのに、ほんの少しだけ時間がかかった。

「ん?わ、私もやるのか?聞いていないが」

 アランは戸惑い、確認するかのようにリーファに顔を向けてくる。
 リーファも、まさかアランまで検査するとは考えておらず、目を丸くして首を横に振った。

 一方テスタとリャナは、こちらの反応を見て顔を見合わせていた。どうやら互いに齟齬が生じていたらしい。

「不妊の検査って言ったら、男女やるのが基本でしょ?」
「不妊の原因は女にあるものだろう?」
「はぁ?考え方古すぎー」

 呆れるリャナに対し、テスタは頷きつつ男性の不妊というものを説明してくれる。

「不妊の原因は、男女それぞれにあるのン。
 男性の場合、造精機能障害、精路閉塞障害、性機能障害の可能性があるわねぇ。
 検査をやりたがらない男性は多いケド、潜在的に男女比は半々じゃないかって論文も出てるんだからぁ」
「女と違って、男はモノが体から飛び出てるし、ストレスにも熱にも衝撃にも弱いんだよ?
 やんないでどーすんの」
「り、リーファ…っ?!」

 二人の夢魔にぐいぐいと詰め寄られ、アランは珍しくたじろいでいた。リーファに向けてくる面持ちも、不安と困惑半々、といったところだ。

(ど、どうすれば…っ?)

 予定外の事態に、リーファは逡巡した。
 男性向けの検査がどんなものなのかは分からないが、リーファが受けたものと同じならば、アランもそれなりに我慢をしてもらう事になる。
 しかし後顧の憂いを断つ為にも、アランにも検査を受けてもらいたい、とは思っているのだ。
 あまり無理強いは、したくないのだが───

「えっと…本当に、服越しに触られるだけですから…。
 私は、そういうのあまり気にしませんし…」
「──────」

 リーファが苦笑いを浮かべて後押しすると、アランは絶句して顔をさっと青くしてしまった。

「ほらほら、後つかえてんだから、さっさとやる」
「ぐ、ぬう…!」

 リャナに背中を押され、テスタに腕を掴まれ、リーファに見送られたアランは、狼狽した様子で衝立の向こうへ引きずり込まれていった。

「…本当に、服越しに触られただけ?」

 三人の姿が完全に消え、支度が進められる物音だけが聞こえるようになった頃、隣で呆然としていたヘルムートが恐る恐る訊ねてくる。

「本当ですよ。こう、おへその下をナデナデしてもらっただけです。
 男性は…どうでしょうね?ちょっと大変かもしれませ───」
「ふぐうっ!?」

 スカート越しにへその下を撫でて説明しようとしたら、衝立の向こうから得も言われぬ悲鳴が上がった。
 びっくりしてふたりでそちらに顔を向けると、何やらバタンバタンと暴れるような物音が聞こえる。

「ひっ…ちょ、待てっ………おあぁあ!?やめ、止めろぉ…!!」
「んー?あらぁ。ちょっと感度が悪いわねぇ。折角だから精密検査しちゃうわねぇ」
「せ、精密っ?いや、ま、待て、待ってくれ………。
 ぬっ、脱がすなっ………いや、いやだぁあ………!」

 一体何が行われているのか。賑やかな音に紛れてアランの拒絶が聞こえてくるが、それも次第に呻きと懇願に置き換わっていく。

「ひぎっ………あ、ぐぅっ………ぬぁあ………あ、あうぅ………あっ───」

(き、聞いた事のない呻きが…)

 魔力循環の訓練で似たような反応はされたが、この検査はそれ以上かもしれない。何をしているのかは全く分からないが、嫌がるアランに抵抗も許さずに進めるあたり、さすがはインキュバス、といった所か。

「………………っ!」

 ぎり、と何かが軋む音に横を見ると、ヘルムートが犬歯をむき出しにして衝立の方を睨んでいた。酷く険しい表情をして、肩を戦慄かせ、今にも衝立の奥へ飛び込んでしまいそうだ。

「だ、大丈夫、大丈夫です。
 検査、検査ですから、ねっ?すぐ、すぐに終わりますから───」

 リーファは慌てて衝立とヘルムートの間に割って入り、いきり立つヘルムートを宥めようと必死に声をかけ続けた。
 自分が検査の時は、こんな光景が広がっていたのだろう、と容易に想像が出来た。