小説
血路を開け乙女もどきの花
(ああ、全く。私も弱くなったものだ)

 北ライゼ平原、ルーレン街道。夕刻。
 青鹿毛の馬に騎乗したアランは、単身で物憂げに平原を仰いでいる。アーメットは置いて来たから、草木の香りを纏う風が長い金髪と頬を撫でて心地良い。

(女達にここまで心乱され、ここまで支えられようとは)

 戦場であくせく魔物達を叩き伏せていた頃のアランにとって、女性というものは安全地帯で着飾って出迎え、しな垂れかかってくるだけの存在だった。
 そうした役目を貶めようと思った事はない。アランが『同じ事をやれ』と言われても出来ないように、彼女達には彼女達なりの戦場があるのだ、と考えていた。

 それはつまり、戦っている世界が違う、と言っても良い。
 互いに違う場所にいるのだから、互いにとって毒にも薬にもならない、と思っていたのだ。
 なのに───

(リーファが来て、色んなものが変わってしまった。
 私が対処しきれない物事の先には、いつもリーファがいた)

 今回の討伐作戦、リーファはあくまで裏方に徹していたが、その分多くの技術をラッフレナンドへ提供していた。

 小さい物ならばアランが持っている花飾りなどのアクセサリー、大きい物ならば魔力障壁付きの盾は、ターフェアイト所有のレシピからリーファが編み出したと聞いている。魔力反射付きの大盾はカールが考案したが、それも元を辿ればリーファに通じているものだ。

 無論、物品だけではない。
 自身の魔力を操る技術、魔術の流れを認識・分析する技能は、リーファによって多くの者が習得していた。
 あの技能が無くば、先の魔力砲の正体に気付けず、討伐隊そのものが全滅していた可能性すらあったのだ。

 違う場所で戦っている、毒にも薬にもならないと思っていた存在が、いつの間にかアランの背中を支えてくれていた。
 それは頼もしくもあったが、同時に己の弱さを認識させられているようでもあった。

(だから、私は恐れてしまった。リーファという支えがなければ、立ち上がる事もままならぬ体なのだ、と自覚する事を)

 ラッフレナンド城襲撃の一報を受けて、アランは自分の足元が崩れるような心地を味わった。
 日が二度と登らなくなるような、呼吸が出来なくなるような、今まであって当たり前だったものが失われたような。
 人死にが当たり前な戦場にいた頃とは比較にならない程の絶望と孤独が、心を苛んだ。
 だが───

(…だが、認めよう。私は弱いのだと。
 支えてくれる者達なくば、ただ独り頽れるだけの無力な存在なのだと)

 先程はシェリーに殴られたが、リーファがいたらリーファに怒られていただろう。とびっきり重い平手が飛んできたかもしれない。
 情けない話だが、あれがなければアランはこうして立ち上がる事は出来なかっただろう。

 リーファ達の安否は確かに気がかりだ。無事か、負傷しているか、あるいは死んでしまったか。マウリッツの報告では何も分からなかったが。

『…アラン様。寂しくても、決着がつくまで帰って来ちゃダメですからね?』

 襲撃前と思われる時間にそう告げてきたリーファの微笑みが思い出せる。まるで子供に言い聞かせるかのような、ゲームを外野で応援しているかのような、屈託のない顔だった。
 今だからこそ、あの微笑が『城は何の問題もないから、戦いに専念してほしい』と言っていたのだと思える。

 そうは言ってもこの戦い、分が悪い賭けなのは確かだ───が。

(…せめて守ろう。私を支えてくれる者との約束を、命を賭して)

 アランが馬の鼻を向けている先は、南方面。宿場へ続いている街道だ。街道のすぐ側には、西に鉱山地帯から連なっている広大な森が、東にはどこまでも続く平原が広がっている。
 そして、傾きつつある日の光を背に、街道の端から馬車を複数台連れている一団が見えてくる。

「…クレプスクルム、私と共にこの死線を乗り越えてくれ」

 魔力砲ですっかり怯んでしまったアランの騎馬だったが、今はとても落ち着いていた。ここに来るまでに覚悟を決めたのか、アランの落ち着きに倣っているか、真っ直ぐに一団を見据えている。

 アランは、腰にぶら下げた麻袋から魔晶石を取り出した。この時を待っていたと言わんばかりに、魔力を貯め込んだ石は輝きを見せつける。

 一度だけ深呼吸をして、アランは詠唱を始めた。

「”現出せよ、幻影の姿見。四方に、八方に、二十四方に展開し、時には合わせ、時に重ねて、我が虚像を模るがいい。その姿は、恭順を示す者には喜びを、反逆を示す者には永遠の恐怖を与えん”」

 アランを中心に、大地を伝って円状に魔力の波が広がっていく。魔力に煽られた草原の草花は、幾ばくかが爽やかな空に散って行く。
 三十メートルは伸びただろうか。魔力の円周上に身の丈程の半透明の板が直立し、全てがアランの方へ向き直る。

 閨の場でリーファを笑わせ、困惑させ、蕩かせた事をつい思い出し、アランは狂気の笑みと共に魔術を発動させた。

「”インヌメラビレス・アルター・エゴス”」