小説
血路を開け乙女もどきの花
 四台の馬車が、ルーレン街道を北へ進む。
 鉄の檻と巨大な砲台を積んだ質素な馬車と、土を敷いただけの街道との相性は最悪で、がったんごっとんと派手な音を鳴らして荷台が上下左右に揺れ動く。

 日頃研究所に引きこもっている魔術師にとって、この揺れはなかなか堪えるようで、仲間の四人中二人が荷台でぐったりしていた。

 おまけに先の砲撃で街道を思い切り抉ってしまい、馬車の通行再開にかなりの時間と労力を要してしまった。言わずもがな、馬車の移動を手伝わされた騎馬兵と歩兵の疲労の色は濃い。

「まだアーシーに着かないのか?!これでは町に着く前に日が暮れてしまうぞ!」
「も、もう少しでございます、アロイス様!あの森を越えた先に、町の全景が見られる丘がございますので、どうかお心を鎮め下され」

 後ろの馬車から聞こえてくる若い貴人と従者の不毛なやり取りを、魔術師ツァウバー=ブッフはぼんやりと聞き流していた。
『お前が、兵器で蹴散らせ、って言ったからこうなったんだろが』と言いたいが、雇い主の孫で次代のラッフレナンド王だというこの若造に逆らうのは得策ではない。

(しかし、この”ダーインスレイヴ”の一撃を、あんなちっぽけな盾の守りだけで防ぎ切るなんてなあ…)

 ツァウバーは、巨大な壺の形を模した広範囲破壊兵器”ダーインスレイヴ”を見上げ、愛おしげに撫でる。『睨まれてるような気がする』と仲間達によく言われる、金の角膜に蛇のような縦に伸びた瞳孔が、ほんの少しだけ穏やかに歪む。

 この兵器は理論上、魔術大国リタルダンドの都市部にも採用されている魔力障壁すら打ち破る事が可能だ。檻に入れた生き物の魔力量や質次第で、砲身が耐えうる限り幾らでも火力が上がる仕組みになっているのだが。

(”魔術師嫌いの国”だからと、奴隷代をケチったのがまずかったか…?)

 これからの事を思うと、些か不安が過る。
 一撃の威力は文句のつけようもないが、魔力の再充填にはどうしても時間がかかってしまう。魔力の素は周りに幾らでもいるが、その一撃を防がれてしまうと次弾充填の時間稼ぎをしなければならない。

 あの時ラッフレナンドの軍が引き下がってくれたのは、ツァウバー達にとってもありがたい話だったのだ。

「お、おい、あれ…」
「何だ、あれは…?」

 先を行く槍歩兵達の動揺で我に返り、ツァウバーは顔を上げた。景色を見れば、乗っている荷台が動きを止めている。
 何となく嫌な予感がして、”ダーインスレイヴ”の影から覗き込むように街道の先を見やった。

 夕暮れ時の草原を割く街道には、一つの大きな影が立ち塞がっていた。

 青鹿毛の立派な軍馬に跨るのは、漆黒の鎧を着た美丈夫だった。頭部を守るアーメットを脱ぎ無防備に晒したその人物は、貴族らしい端正な顔立ちをしている。波打つ金髪は草原の風に吹かれて靡いており、この黄昏色の風景も相まって何とも絵になった。

 出発前に話に聞いていた人相と一致する。
 アラン=ラッフレナンド。ラッフレナンドの現国王に、違いなかった。
 ───が、ツァウバーを含めた槍歩兵達が動揺したのは、それだけではない。

 一人ではなかったのだ。ざっと数えただけでも、千人以上はいるだろうか。
 軍馬に跨り、現王アランと同じ姿をした者が千人以上、このルーレン街道に占拠していたのだ。

「えっ、何あれ、みんな、同じ顔…?」
「はあっ!?」
「え、あ、どゆこと?こわ───」

 前衛の動揺は、あっという間に後衛まで波及した。馬車が止まった事に疑問を持った後衛の者達が、こぞって横から覗き込んで来て、王だけの軍勢という異様な光景に目を丸くしていた。そして───

「な、な、な、なななななな、なんだぁあれはぁ!?」

 後ろから悲鳴が上がったと振り向けば、金縁の入った鈍色のプレートメイルとサレットを身に付けた少年がキャビンの窓から顔を出して驚愕していた。この一団の最重要人物、アロイス=ギースベルトだ。

「お、落ち着いて下さいギースベルト様。あれはただの幻術です。幻で数を誤魔化して虚勢を張っているだけです。どうか馬車の中へお戻り───」

 ツァウバーが慌ててアロイスを下がらせようとしたが、その姿をあちらも捉えたのだろう。千人以上の現王アランが一斉に声を張り上げた。

「「「聞け!王統を名乗り、王位を簒奪しようと目論む不届き者よ。我が名はアラン=ラッフレナンド。ラッフレナンド国の王である!!」」」

 一人であれば草原の風にかき消えてしまうだろう名乗りも、あの人数で叫ばれたら嫌でも耳に入ってくる。”一人合唱”とも言うべきその大音量と威圧に、槍歩兵達が怯んでいる。

「「「先の砲撃。人の命を砲弾に代えて国を焦土にしようなど、人としてあるまじき行為!!お前のような痴れ者に、ラッフレナンドの土地一つたりともくれてやる道理はない。玉座が欲しいと宣うのならば、我が屍を超えて行くがいい!」」」

 全ての現王アランが抜き身の剣を高らかに掲げ、それが合図と言わんばかりに一斉に突撃を開始した。
 砂煙が視界いっぱいに巻き上がる。馬の嘶きがどこからでも響く。剣を持ち、鬼気迫る形相で王だけの軍勢が突進してくる。

 見た目だけなら、こちらの一団の三倍以上だ。それが突進してくるとなれば───

「「「う、わあぁああぁぁっ?!!」」」

 当然の事だった。前衛の槍歩兵達はあっという間に萎縮し、這う這うの体で逃げ出してしまった。続いて馬車を取り巻いていた兵達までも怯み、脱兎のごとく馬車から離れて行ってしまう。

「あああ、何やってる!逃げるとは何事だー!?」

 アロイスがキャビンから喚いているが、逃げていく雑兵達の悲鳴にかき消えて届かない。平原の影に消えて行ってしまう彼らに舌打ちをして、端正な顔立ちを不快に歪ませた若い貴人は、ツァウバーの方へと向いた。

「くっそ、役に立たないグズどもめ!おい魔術師共、早くあの蚊柱みたいに湧いたあいつを何とかしろ!殺せたら金も爵位もいくらでもくれてやるぞ!!」
「───ちっ、スペル、ブック、いい加減起きろ!マギコ、マギッシュ、とにかく片っ端からあれに魔術をぶち込んで行け!絶対”ダーインスレイヴ”に近づけさせるなよ!」

 その権限があるのか甚だ疑問だが、兵器研究の集大成”ダーインスレイヴ”を置いて逃げる訳にもいかない。言われるまでもなく、ツァウバーは慌てて仲間たちに発破をかけたのだった。