小説
血路を開け乙女もどきの花
 まずは幻術でアランの幻影を大量に作り上げ、アロイスの一団を怯ませる───という、奇策と言うのもおこがましい案は、思った以上に効果を発揮していた。

 こちらの突撃を前にして、前衛の兵達が相次いで逃亡し始めたのだ。後ろに控えていた兵も、こちらと周りの状況を見回しどう動くべきか考えあぐね、戦闘態勢が取れていない。

 たった一人で決死の突撃を敢行しているにも関わらず、アランの心はとても落ち着いていた。千を超す幻影の軍勢に紛れている故だろう。まるで実際の兵達に守られているようで、とても気分が良かった。

 現在、アロイスの一団の先頭とアランとの距離は八百メートル程か。この馬の脚ならば、到達まで一分とかからないが───

(やはりきたか!)

 魔術師ならば、こちらの大軍勢の正体に気付くのは必定だ。さすがに魔力砲で二度も街道を駄目にする事は躊躇われたらしく、火や風や石礫のような魔術がアランの軍勢に向けて一斉に放たれた。

 とは言え、無数の分身に紛れた本物のアランがどこにいるのか、そこまではまだ気付かれていないようだ。あちらの魔術師も、どこかにいるアランが少しでも怯めば良い、くらいに考えているのだろう。放たれた魔術の多くが右に左に逸れて着弾していく。

(魔晶石は幻影の水増しで使い切った。私の魔力量ならば、しばらくは幻術の発動は続けられるが───)

 平原は派手に抉れていくが、幻影を供としたアランの突撃は今の所勢いを崩していない。
 しかし偶然か。アランの進行方向目掛けて、一つの火球が飛んできた。

 このまま直進すれば火球に接触してしまう事は分かっていたが、アランは回避に手綱を引かなかった。
 少しでも挙動を変えれば居場所が知れてしまう。ここで怯んではアロイスを前に恥の二度塗りになってしまう、という意地もあった。

 だから、ただひたすらに信じた。
 アランの無事を願った、リーファの想いを。

(リーファ───どうか私に、この死線を乗り越える力を!!)

 ───コウッ!!

 その願いに呼応したのかまでは分からない。しかし、アランのマントにコサージュとして留めていた花飾りが、視界を一瞬遮る程の強い光を発した。
 ブローディアとノコンギクの花びらが一斉に飛び散り、アランと騎馬の周囲に展開していったのだ。

 魔力障壁は、花びらを点に見立てフェミプス語で繋がれた半球体で構成されていた。急激に喧噪が遠のいて、まるで草原で夜空の星々を眺めているかのような静謐さが、疾走するアランの周囲だけを満たしていく。

 アランが魔力障壁の片鱗に触れている中、向かってきた火球は障壁に着弾した途端に消失した。
 その火球の性質を読み、指で火の帯を解きほぐすような丁寧さで、詠唱と魔力で編み上げた力を解除してしまった。直前まで上げていた轟音すらも届かない。

(美しい………ああ、これほどか………お前の想いの力は…!)

 火の粉を撫で払った魔力障壁は、まだその状態を維持していた。そして、視界にアロイスの一団が迫る。魔力砲の周りにいる魔術師達の強張った顔がよく見える。

 距離はそろそろ百メートルを切ろうとしていた。アランは剣を掲げ、心穏やかに呼吸を整える。