小説
血路を開け乙女もどきの花
「総、員!とぉつげきぃぃいぃぃいーーー!!!」
「「「うぉおおぉぉぉおおっ!!!」」」

 ミロシュ=スハルドヴァー大尉の号令によって、剣を構えた兵達が森を飛び出して行く。木の葉や土を鎧や兜につけ雄たけびを上げる兵達の姿は、正規の軍とは思えない荒々しさだ。やけくそと言っても良い。

 何にせよ、森の裏手にいるエドヴァルド=レホトネン大尉率いる騎馬分隊も、先のアランの合図を聞いているはずだ。じきに騎馬の嘶きが戦場を駆けて行くだろう。

 マウリッツ=ブロームは、北の国境アキュゼで魔物相手に奇襲を仕掛けた時の事を思い出す。
 今回のように上官から森で待機を命じられた時、他の兵は『正規兵の戦い方じゃない』だの『鎧に虫が入るの嫌すぎる』だのと不平不満を漏らしていたが、アランだけは感心した様子で唸り声を上げていたのだ。
 あの経験が今に活きているのだと思うと、何だか感慨深い。

「………ふいーっ」

 ”強弓”による魔力砲の破壊任務を無事に終えたマウリッツは、魔力弓を下げ安堵に胸を撫で下ろした。同時に、背中の方でばたばたと支援部隊の面々が倒れて行く。

 ほぼ一昼夜かけて城強襲の報を伝えに来たマウリッツに、アランはあろう事か『魔力弓で魔力砲を破壊しろ』と無茶振りしてきたのだった。

 弓なら多少の自信はあるマウリッツだったが、寝不足で、森の中からの射撃で、対象は移動中、しかもチャンスは一度きり、という最悪の組み合わせは、さすがに一度は『いやいやいや、無理無理無理』と断ったものだ。

 しかし、幻術による足止めをアランが引き受け、弓に供給する魔力を支援部隊が請け負い、治癒の指輪を借り受けた事で、ほんのちょっとだけ問題が解消されてしまった。

 おまけにアランから『魔力砲がこのまま進めば、確実に城下は戦場と化すぞ?先日誕生日を迎えたばかりの娘がどうなってもいいのか?』と、半ばどころか十割の脅迫をされてしまい、将校らの重圧も相まって引き受けざるを得ない状態になってしまった。

「…あ」

 小指にぶら下げていた治癒の指輪が限界を迎えたらしい。ボロボロと音を立てて崩れ去ってしまった。
 魔力砲の強度を考えて弓にありったけの魔力を込めたのだが、支援部隊十名を魔力切れの昏倒へ追い込んだだけでは足りなかったようだ。

「ま、いっか………」

 アランの側女であるリーファから贈られたものだそうだが、その彼女が今どんな目に遭っているか分からないのだ。必要経費だと思って、アランには諦めてもらうしかない。

「後は何とかしろよぉ………アウ、ル………」

 アランの兵役時代の偽名でつい呼んでしまったが、それを咎める者は側に誰もいない。
 安心した途端気が抜けて、マウリッツもまた森の草陰に沈んでいった。

 ◇◇◇

 戦争において剣で切り合うという事は、そう起こるものではない。
 敵方と距離が離れている時は、まずは弓や魔術などの遠距離攻撃による奇襲を行う。そして陣を展開し相対した時に槍兵部隊で突貫させ、その後に騎馬が陣形を突き崩すのが基本だ。

 対象一人に切りかかるよう出来ている剣というものは、弓も槍も馬も使い物にならなくなった際の最後の手段と言える。
 こんな入り乱れての戦いで使っていたら、敵方に『切羽詰まってます』と言っているようなものなのだ。

 ───ザッ

「うわああぁああっ?!」

 シェリーの長剣の一突きによって、相対していたアロイス側の兵の右腕が貫かれた。その拍子に剣を取り落とし、悲鳴と共に後退る。

 先を考えて、出来るだけ殺さないように相手を無力化する、というのも骨が折れるものだ。
 武器を取りこぼしただけで逃げてくれればありがたいのだが、中にはあちこち血だらけになりながらも噛みつかん勢いで向かってくる手合いもいる。

(それほどのカリスマが、アロイス様にあるというのかしら?陛下に少し分けて欲しいものね…)

「「「ふふふははははは───!!」」」

 背後の戦場で、哄笑を上げつつ乱雑に騎馬で走り回っているのは、アランを模した幻影だ。
 途中から敵を自動で追い回すよう調整された幻影は、見た目こそ本物と寸分違わぬ造作をしているが、アランは剣を掲げたまま、騎馬は足を動かさずに水平移動を繰り返す、張りぼてのような粗悪さだった。
 制御を自動化した為に緻密さを犠牲にした結果らしいが、笑いながら追いかけてくる王の張りぼてなど、恐怖以外の何物でもない。敵を怯ませるだけであれば、十分と言える。

 戦える兵の数を誤魔化してくれる幻影の存在は確かにありがたいのだが、東西南北どこを見てもアランがいるという酷い有様に味方も引いており、シェリーとしても鬱陶しい事この上ない。
 幻影に追従して牽制に参加している歩兵の半分と騎馬分隊も、どこか遠慮がちだ。

(閨でリーファ様を悦ばせようと編み出した児戯が、こんな風に使われるだなんて…)

 当時の事を、リーファはシェリーに教えてくれていた。

 側女の部屋いっぱいに全裸のアランの幻影達が敷き詰められた光景は、『ば、馬鹿すぎる…!』とあのリーファから抱腹絶倒の暴言まで飛び出る酷さだったとか。更にはその後の前戯で、幻影達にも撫で回される錯覚まで味わったという。

(───”馬鹿と鋏は使いよう”という事かしら?)

 利き手を負傷し逃げていくアロイス側の兵から顔を逸らし、シェリーはギースベルトの家紋が彫られた馬車を睨みつけた。

 アロイス=ギースベルトが乗車している馬車の御者台には誰もいない。先程討伐隊の包囲が完了した段階で、御者が両手を上げて降伏したからだった。懸命に馬車を守っていたアロイス側の兵達も、こちらの歩兵に順調に倒されている。

「アロイス=ギースベルト、直ちに投降しろ!!」

 幻影ではない本物のアランは、騎馬から降りシェリーや盾兵と共に馬車へと近づいて行く。マントに留めていた守護の花飾りは既になく、アランを守っていた魔力の力場も消失していた。

 無駄とも思える降伏勧告は、腹違いの兄としてのせめてもの情けだろうか。かつて城でアロイスの世話をしていたシェリーとしても、大人しく投降して欲しいと思う気持ちはあった。