小説
血路を開け乙女もどきの花
 ───しかし。

「ッ!」

 シェリーは自分が何に反応したか分からなかった。風の音を聞いたか、殺意なるものでも感じ取ったか。
 いずれにしても看過出来ない何かに体が反応して、ここだと思った場所に剣を振りかざした。それとほぼ同時に、剣の腹に重く硬質な何かが接触する。

 ───ギンッ!

「グッ…!?」

 衝撃と共に右手に伝わってきた痺れにシェリーは顔をしかめた。歯噛みして、視界の先に落ちてきたものに目をくれる。

 中央辺りから折れ曲がり草場に落ちていたのは、矢だった。しかしラッフレナンドでよく使われる矢竹を素材にしたものではないようだ。恐らく何らかの金属なのだろう。

 そしてシェリーの長剣は、この狙撃によって剣身の中ほど辺りで折れてしまっていた。相当に強い負荷が働いたらしく、折れた断面は鋭利に煌めいている。剣を取り落とさなかったのは奇跡かもしれない。

「あそこに残党がいるぞ!」

 アランを始めとする討伐隊の面々が警戒の色を濃くする中、兵の一声にシェリーは顔を上げた。

 見れば、後続の二台の馬車の影からアロイス側の兵が十名、武器を手にこちらへ向かってきていた。弓に良く似た形状の武器を持つ者もおり、狙撃はそこから来たのだと察する。恐らく、先にいたアランに向けたものだったのだろう。

「五班から七班まで迎撃に行け!こちらに近づけさせるな!!」
「「ははっ!!」」

 スハルドヴァーの号令を受け、歩兵の半分程度が残党に向かっていく。欲を言えばもう少し人員が欲しい所だが、ないものねだりをしても仕方がない。

 一班に所属しているシェリーは、まず折れた剣を鞘へ戻して、アロイス側の兵が落としていった剣を拾い上げた。所々刃こぼれが目立つが、無いよりはマシだろう。
 そして他の一班の歩兵同様アランに背を向け、不意の攻撃に備えようとしたが───

(あれは…!)

 残党の中にいた一人の男の姿に、シェリーの目は釘付けとなった。

 背はシェリーよりは高い。肩まで伸びたボサボサの茶髪に、染料でスカイブルーのラインを入れている中年男だった。全体的にやる気の無さがにじみ出ており、無精ひげがより一層老け込んで見せている。しかし体躯はしっかりしており、鈍色のプレートアーマーを着込んで剣を構える姿は、何とも様になっていた。

「──────」

 気持ちがざわめく。
 シェリーの務めは、王であるアランを守る事だ。そう任じられており、その為にリーファから花飾りを贈られている。
 花飾りには、戦いの中で怯まないよう”戦い”と”勇敢”の花言葉を持つノコギリソウを加えてもらっている。アランを守りたいリーファの想いを、無下にしたいなどとは微塵も思わない。
 だが───

 次の瞬間、シェリーはアランの前で膝を折り、深く頭を下げていた。

「………申し訳ございません、陛下。わたしも、残党処理に加わらせて下さい」

 シェリーの身勝手な願い出に、アランは目を大きく見開いて驚いていた。
 日々自身の心に蓋をして、国の為に王の為にと仕えてきた王城メイドの長が、この時この瞬間につまらない我が儘を申し立ててきたのだ。当然と言えただろう。

「な…何を言っているのですかメイド長殿!勝手な行動は───」
「いや、良い。許す」

 しかし、側に居たスハルドヴァーが動揺しながらシェリーを叱責しようとした所で、アランはあっさり許可を出してくれたのだ。

 さすがにこんな勝手が許されるなどとは考えてもいなかったようで、一度満足そうに首肯したスハルドヴァーが驚きに目を丸くした。

「へ、陛下ぁ?!」
「但し、だ」

 苦笑いを浮かべたアランは腰に下げていた剣を鞘ごと、顔を上げて呆けているシェリーの前へ差し出してきた。白い鞘に、金の飾り物がついた長剣だ。
 執務室に飾られていたからシェリーも知っている。かつて魔王城へ飛ばされたアランが、魔王から貰い受けた”元・曰く付きの”魔力剣だ。

「預ける。必ず返すように。………そして、リーファを泣かすような真似だけはするなよ?」
「…ありがとうございます。必ず、戻ります」

 残党の顔ぶれを見たのか、あるいはただの勘か。どうやら、シェリーの想いをアランは汲んでくれたようだ。
 シェリーは深々と頭を下げ、持っていた剣を足元へ置き、アランの魔力剣を受け取ったのだった。