小説
血路を開け乙女もどきの花
 王に倣う形で後続の騎馬分隊も馬を降りる中、アランはオスモらに問いかけた。

「では、側女の味方を自称する我が兵達よ。この城の状況を説明してくれ」
「それでは、わたしオスモ=ルオマよりご説明致します」

 中央にいた兵士オスモ=ルオマは、跪いたまま一度首を垂れ、仔細を語り出した。

「───昨日未明、このラッフレナンド城本城の三階西側…側女であるリーファ=プラウズ殿のお部屋から爆発音が鳴り響き、襲撃が確認されました。
 ラーゲルクヴィスト上等兵とアーネル一等兵により、側女殿は難を逃れましたが、この襲撃により城内常駐者の内、四十八名が負傷致しました。
 襲撃者達は、この数日の内に城の隠し通路から侵入し、潜伏していたものと思われます」

 アランの背後で動揺が広がって行く。植物で満たされた廃城のような現在も十分非現実的だが、昨日は昨日で血生臭い戦いがあったというのだ。困惑は当然と言えた。

(ギースベルト公爵家には、ラッフレナンド王家から降嫁した者も多い。
 王族に伝わる城の隠し通路………本来は他言無用の極秘事項だが───やはり、一部はギースベルト公爵家に伝わってしまっていたか。
 ………恐らく、私の喉元に剣を突きつけようと思えば、いつでも出来たのだろうな)

 リーファに調べさせる前のアランよりも隠し通路を把握していたのではないか、と考えたら、背筋が寒くなった。本物のアロイスの居場所の発覚とリーファの懐妊が、それだけギースベルト派を追い詰めていたとも言える。

「状況を重く見た側女殿は、城内に張り巡らせていた魔術を発動。
 植物に触れた者に、眠りと癒しを与える性質の魔術…と聞いております。
 これにより、襲撃者の無害化と、負傷者の回復に成功しています。
 現在側女殿は、おひとりで魔術の発動を継続中です」
「この植物の魔術は、リーファが一人でしていると言うのか…!?」

 続けて告げられたリーファの現状は、さすがのアランも語気を強めてしまった。

 魔力の工面は出来たとしても、城全域に及ぶ魔術を一日半以上発動し続けるとなると、相当の負担を強いられるはずだ。
 リーファの集中力の高さがあってこその芸当なのだろうが、それでも心身に影響は出ないものかと懸念がわいてしまう。

「後に合流したわたしも含め、我々三人は側女殿のご依頼で城内の整理に当たっておりました。
 拘束した襲撃者達は礼拝堂へ、負傷者は医務所と薬剤所へ運んであります。
 お疲れの所恐れ入りますが───ん?どうした、ラーゲルクヴィスト」

 不意に立ち上がったカールを見かねて、オスモが説明を中断する。
 アランもそちらを見やれば、カールは足から肩にかけて例の植物に絡まれていた。何故かは分からないが、魔術の影響は受けていないようだ。

「側女殿が、隠れていた者を見つけた。恐らく最後の襲撃者だろう。行ってくる」
「ああ、任せた」
「…誰か、ラーゲルクヴィスト上等兵に着いて行ってやれ」
「ははっ」

 分からないなりにアランも後続の兵達に指示をやり、三人の兵をカールに合流させる。カールにまとわりついた茎が、西の庭園の方に葉を向けているように見えた。あちらに襲撃者とやらがいるのだろう。
 やがてカールは、植物を払って足元へ落とし、場を離れて行った。

「…失礼致しました。
 これから魔術の解除を行いますので、皆様方には襲撃者の処置と城内の警備、そして負傷者の介護をお願いしたいのです」
「うむ、いいだろう」

 アランの了承を受けて、オスモはやおら立ち上がった。兵達に向けて、声を張り上げる。

「兵の方々は、わたしと共に礼拝堂へお願い致します。
 応急処置の心得がある方は、医務所と薬剤所へ向かって下さい。
 陛下は、側女殿のもとへお願い致します。案内は───アーネル一等兵、頼みます」
「分かりました」
「まだ襲撃者が潜んでいないとも限りません。出来れば複数で連れ立って行動を。くれぐれも警戒を、お願い致します」

 オスモの言葉を皮切りに、城内が俄かに騒がしくなっていく。
 通路が開かれ礼拝堂へ入って行く者。顔を青くして医務所のある本城の北東へ足を運ぶ者。残された馬を馬房へ連れて行く者。どうして良いか分からずにおろおろする者。様々だ。

「あ、あの、陛下。先程は、申し訳ありませんでした」

 声をかけられアランがそちらを見やれば、小柄な兵が深々と頭を下げていた。

 くるっと緩やかにカーブを描いた栗色の髪が、サレットの端からちらりと見える。日が落ちて影になった瞳は、昏い闇の色をまとっている。
 哨戒路にいた少年兵。名は、ノア=アーネルだったか。

「…先程、とは?」
「あ、ええと………側女殿ですが、今発動している魔術の影響で目が見えないようなのです。植物がある場所の周囲の音は聞こえるのですが、視覚で捉える事が出来ないそうで。
 それで、『陛下が到着されたら教えて欲しい』と言われていたのですが…。
 ………ちょっと、うとうと、してしまったみたいで………!」

 小さい体をさらに小さくして、ノアは申し訳なさそうに口を濁した。

 城壁門でアランが声を上げた時、恐らくノアは哨戒路でうたた寝をしていたのだろう。アランの帰還を目で追えていればもっと早く対応出来ただろうに、その務めを果たせなかった事を恥じているらしい。

 動ける者が三人しかいない状況だ。彼からしたら一世一代の大役だっただろうが───アランからしたら取るに足らない些細な事だった。

「ああ、何の問題もない。身を呈してよくぞ私の側女の危機を救ってくれた。ありがとう」

 何の気なしに、アランは少年兵の頭をサレット越しにポンポン、と軽く叩いていた。普通の兵ならばこんな酔狂な事はしないのだが、まだまだ幼さを感じさせる少年の健気さに、つい感じ入ってしまった。

(…ん?今、何か───)

 だが、目を丸くして顔を上げたノアを見た途端、アランの脳裏に何かがちらついた。
 懐かしいものに接したような、見慣れたものを見たような、何かの面影に触れたような、そんな気がしたが───

「み、身に余るお言葉です。そ、それでは陛下、ご案内いたします」

 照れ恥ずかしそうに頭を下げたノアは、遠慮がちに顔を背け、本城へ続く道へと歩いて行った。

(………………?)

 先を往く若い兵の背中を目で追いかけ、アランは心に引っかかった何かに訝しむ。喉まで出かかっているのに、出てくる気がしない。

「あ、ああ。───シェリー、一緒に来てくれ」
「かしこまりました」

 元より追従するつもりでいたのだろう。後ろに控えていたシェリーは、その場で身じろぎ一つせずに恭しく首を垂れたのだった。