小説
血路を開け乙女もどきの花
 ───”ノア=アーネル”の下へ後見人であるモーリス=アップルヤードが定期面会に訪れたのは、まだ冬の寒さが強く残るフェブルアリウスの月の下旬。討伐作戦が行われる三ヶ月と少し前の話だ。

 食堂の個室で他愛のない会話をした後に、二通の手紙が渡された。
 一通は産みの親ヴィクトワールの偽名”ヴァレリー”から、もう一通はモーリス自身からのものだった。
 穏やかながらも厳格な顔立ちの初老の男が見せた、どこか物憂げな表情の正体を知ったのは、夜になって手紙を読んだ時に判明した。

 ヴィクトワールからの手紙は、他愛ない時節の挨拶が書かれていただけだったが、一緒に封入されていたネックレスに問題があった。
 男性が身に着けるような簡素なものではない。パーティーなどで女性の首周りを豪華に飾る為の、宝石をふんだんにあしらったネックレスだったのだ。

『ギースベルト公爵家の一員として、あなたも兄であるゲーアノート王をお支えするのですよ』

 かつて、当時の王オスヴァルトを差し置いて、そう熱心に宣っていた老貴婦人。その首に飾られていたネックレスと同じものだと気付くのに、然程時間はかからなかった。

 多分その老貴婦人の言が、あまりに荒唐無稽で印象に残っていたのだろう。ゲーアノート王太子は当時から病床で臥せっている事が多く、とても執政を行える状態にはなかったのだから。
 若干四歳程度の子供なら、すり込むのは可能だと高を括ったのだろうが、生憎自分にそこまでの可愛げは持ち合わせていなかったのだ。

 何はともあれ、彼の老貴婦人こと、当時の正妃フェリシエンヌ=ギースベルトが常に身に着けていたネックレス───現在紛失扱いとなっている国宝”星々の微笑”───が自分の手元に届いた事実は、様々な意味が込められていた。

 大切な”星々の微笑”を手放してしまったフェリシエンヌの容態は、お世辞にも芳しいとは言えないはずだ。王太后という高い身分にありながら、誰にも知られずに卒去した可能性だってあり得た。

 また、この”星々の微笑”自体が身分の証明にもなり得る。後見人に何かがあったとしても、これがあればフェリシエンヌの後継者である事を容易く証明出来てしまえるだろう。

 ギースベルト公爵家は、現王アランを強制的に廃し、アロイス=ラッフレナンドを王に仕立て上げる準備を進めている───そうした思惑が、嫌でも透けて見えたのだった。

 なお、ヴィクトワールからの手紙には、”身の振り方をよく考えて、上手に使いなさい”と、らしくもない忠告が綴られていた。
 国から物理的に距離を置いているヴィクトワールすら、ギースベルト公爵家にとっての転換期が今なのだと考えたようだ。

 そしてモーリスからの手紙には、”君の居場所が探られている。次は会えないかもしれない”と書き殴られていた。急いで書いたのだろう。いつもの丁寧な筆致が酷く乱れていた。

 ヴィクトワールから手紙を預かった後になって、モーリスはギースベルト公爵家の思惑に気が付いたのだろう。
 血で血を洗うような形での即位を、モーリスが認めるはずはない。
 しかし、王の血統を証明出来る”星々の微笑”を渡しておけば、ギースベルト派の考えに従わない後見人を生かしておく必要はない、という訳だ。

 自分の居場所が知られないよう最低限の小細工はしてくれたようだが、それも時間の問題だった。
 ギースベルト公爵家の凶行に対し、自分はどうあるべきか、意思を固める必要があった。

 ───余談だが、ヴィクトワールからの手紙には、何らかの魔術が発動していた。
 正体は分からなかったが、どうせロクなものではないだろうと判断し、魔術の解除は行っておいた。
 魔力の元を断つ技術は教わったばかりだったので、上手く行った時にはちょっとだけ嬉しかった。

 ◇◇◇

 アプリーリスの月に入り、アロイス=ギースベルト討伐の為の隊員募集が告知された時、”ノア=アーネル”は肝を潰した。
 ギースベルト派は偽者を使ってまで王位を得たいのか───と。

 役に立てる事など高が知れている、足手まといにしかならないとは分かっていたが、それでも城でのうのうと結果を待つ訳にはいかず、真っ先に隊員の募集窓口へ駆け込んだ。

 それから程なく隊員訓練が始まり、自分は支援部隊に配属された。得手の魔術が幻術と分かり、偵察向きと判断された為だった。

 適性の高さから盾分隊に配属された同期のアハトからはちょっとだけ小馬鹿にされたが、相手方の情報を前線部隊へ正しく伝えるのも立派な務めだ。
 また、尊敬する兄が幻術を得意としていたから、得手が被るのは嬉しくもあった。

 何にせよ来るべき日の為に、務めと訓練に明け暮れる中、自分の考えが変わる出来事があった。