小説
血路を開け乙女もどきの花
「………………えっと」
「………………む………」

 場に静寂が戻り、顔を見合わせるノアとカールの間で、何とも言えない空気が漂う。
 成り行きとは言え、剣を交えた相手と共闘してしまったのだ。取っ組み合いを再開するのも何だか違う気がして、どう向き合えばいいのか判断がつかない。

 黒ずくめがカールにも刃を向けていた所を見ると、今回の襲撃にカールは参加していないように思えるが───

「………あの、カール、さん、と………ノア、君?」

 救いの手ならぬ声が上がったのは、そんな時だった。
 体を起こしたカールと揃って振り向くと、そこにはリーファが立っていた。

 リーファは興奮気味に肩で息をしているが、見た限り怪我はしていないようだった。
 ただ、彼女の足元にはやや焦げた二人の黒ずくめが転がっており、時々ピクピクと痙攣をしている。恐らく木の棒で気絶するまで殴られたのだろう。同情の余地はないが、リーファが傷害の罪悪感に駆られないか、些か心配になる重傷具合だ。

「いつから、そこに?おふたりは、ここで何を…?」

 あれだけ騒いだというのに、彼女はノア達の一悶着に気付いていなかったらしい。赤褐色の木目が美しい棒を強く握りしめたリーファの声音には、警戒が入り混じっていた。
 黒ずくめの襲撃を受けた後にノア達が現れたように見えたのならば、黒ずくめの一味と考えるのは自然かもしれない。

 一人で三人も倒したリーファに対し、二人がかりでようやく一人を倒したノア達は立つ瀬がないが。
 それでも無用な警戒を解く意味で、言わなければならなかった。

 それはカールも同じだったのだろう。図らずも、二人の言葉は唱和していた。

「オレは───」
「僕は───」
「側女殿を───」
「リーファさんを───」
「助けに来たんだ!」
「助けに来ました!」
「「───え?」」

 最後の疑問符までもがきれいに被ってしまった。

 湯が沸いたやかんのように、ノアの顔が熱くなる。こそこそと動き回り、衛兵を黙らせ、ついでに自分の腹に一発見舞ってきたカールの目的が一緒だったなんて。
 妙に調子が揃ってしまうのも腹立たしく、ノアは噛みつかん勢いでカールに詰め寄った。

「な、なんであなたが助けに来るんですか!あなたギースベルト派でしょう?!」
「そ、そっちこそ何なんだ!幻術で忍び込んでおいて、疚しい事は考えていなかったなどと言い訳出来るのか?!」
「あなただって衛兵を眠らせてたでしょうが!」
「ひ、被害を最小限に抑えようと考えた結果だったんだ!分かるだろう?!」
「分かるかそんなもん!」

 苦い顔で反論するカールに対し、ノアも負けじと声を張る。痛い所を突かれている自覚はあるのだろう。否定はしない辺り、根は馬鹿正直なのかもしれない。

 ぎゃいぎゃいと罵り合うノア達をしばし眺めていたリーファは、やがて口元に手を添えてクスクス笑い始めた。

「………なんか良く分かりませんけど………仲良しなんですね?」
「「仲良くない!!」」

 否定までもカールと被ってしまい、ノアの目に涙が浮かんだ。こんな人と仲良しだなんて心外だ。微塵も思われたくなかったのに。

 リーファは両手でまあまあとこちらを宥め、頭を下げてきた。

「カールさんもノア君も、ありがとうございました。私も、あれだけの数を相手するのは大変だと思っていたので、追っ払ってもらえて助かりました」
「追っ払って…」
「もらえた?」

 怒りの熱がサッと引いて、ノアは慌てて廊下の南側を仰いだ。

 様子を伺っていた人影は何人かいたはずだ。だが燭台に照らされた廊下には、眠っている衛兵と伸びている二人の黒ずくめ以外に誰の姿もない。

 北の廊下の曲がり角から様子を伺っていたカールが、安堵に吐息を零している。

「北の廊下にも誰もいないな。………諦めたとは、考えにくいが………」
「というか、この襲撃を知ってたんですか?リーファさん」
「知ってた…って訳じゃないけど、嫌な予感はしててね。リャナにも言われていたし、念の為警戒はしていたの」

 リーファはそう言いながら、ズボンのポケットに入れていた物を出してみせた。

 それは、白、緑、青の毛糸で編まれた円盤状の編み物だった。花を模ったような放射状の編み目は、可愛らしさを備えながら計算された緻密さが感じられる。
 コースターとしても使えそうだが、それは全体が白い光を放っており、あちらこちらに黄色い光の粒が点在していた。黄の粒は中央に多く固まっているが、外へ外へと移動しているものもある。

 落とした剣を拾い上げて戻ってきたカールが、リーファの手の内を覗き込んできて感心の吐息を零した。

「人感検知の術具…と言った所か。人の動きを、黄の粒で示しているんだな…」
「ええ。持ち運びやすく作ったので、立体的な検知は出来ないんですけどね。離れている粒が、さっきの黒ずくめの人達でしょう」
「これであちらの位置を把握していたんですね…」

 リーファの手際の良さの正体に触れ、ノアは忸怩たる思いを吐息に込めた。

 リーファは、城への襲撃の可能性をちゃんと視野に入れていたのだ。
 だが、”アロイス=ギースベルト”の討伐に専念している王にも、油断が蔓延している城の者達にも、相談する事が出来なかった。
 誰にも頼れない状況下で、彼女はたった一人で何とかしようと対策を練り続けていたのだろう。

(身重なリーファさんの負担になって欲しくないと思って、黙って動いていたけど………。
 そもそも僕は、リャナからリーファさんの守りを持ち掛けられていたんだし、僕からリーファさんにちゃんと話をするべきだったんだ。手際が悪すぎた…!)

 誰が聞き耳を立てているか分からない中、部屋に籠っていた彼女と話し合う事で発生するリスクは計り知れない。最悪、襲撃が早まっていた可能性もあるだろう。
 でも、彼女の手を汚させない方法があったのでは、と思わずにはいられない。