小説
血路を開け乙女もどきの花
「………カールさん。そろそろ、教えて頂けませんか?
 どうしてギースベルト派のあなたが、私を助けてくれるのか…」

 視聴板を眺めていたリーファが、抑揚のない口調でカールに訊ねた。
 彼女の面持ちからは、城内の惨状による悲嘆や怒りはない。焦りすら見せていないが、『話は手短に済ませたい』気持ちは顔からにじみ出ているように見える。

「………どこから、話したらいいか………」

 彼女の肝の座り振りに感嘆の吐息を漏らしたカールは、石製の操作板をベッドへ放り、再びキャビネットの引き出しを開けた。中から取り出した一通の封筒を、リーファに差し出す。

「これは?」
「オレは、城の内情を父に報告していた」

 既に封が切られている封筒から便箋を取り出すリーファと一緒に、ノアも身を乗り出してその内容を確認した。

 黒インクで丁寧に綴られた文面は、城に詰めているカールを鼓舞激励する内容となっていた。
 だが、最後の方の空いた箇所に、何かを焼き焦がした跡が短い文を形作っている。
『ユーニウスの月の五日頃、強襲する。必ず持ち場から離れている事』───と。

 日付が変わったばかりだが、ユーニウスの月の五日とは今日の事だ。
 つまりこれは、今回の襲撃を予告する手紙だった。

「所謂スパイ…という事ですか?」
「役に立ったかは知らない。上等兵程度でしかないオレが送った報告など、城の上っ面の部分に過ぎないだろうからな。
 だが、側女殿の懐妊の報は真っ先に上げている。今回の襲撃は、恐らくそれがきっかけになったんだろう」

 憮然としているリーファを、ベッドの縁に座り直したカールは冷然と笑い返していた。

(似合わない笑い方をする)

 カールを目で追いながら、ノアは先の彼の姿を思い出す。リーファと本の事で話し合い、頬を緩めていたカールを。
 あんな表情をしていた者が、同じ相手を前にして自分に咎があるように嗤う。それがどれ程の労力を要するか、察するに余りある。

「政は、初代ラッフレナンド王に近い王統が継ぐべきだ。その王位を巡って派閥が出来る事自体が、既に問題なんだ。
『相応しき方に玉座に坐して頂く為に、多少の犠牲は付き物だ』───と、父は言っていた。それは、オレも異論はない。
 …だが、王の側女なだけの貴女には関係のない話だろう?目障りだと言うのなら、余所の国へ放逐すればいいだけの事なんだからな。
 なのに───」
「カールさんのお父様は…ギースベルト派は、私も殺したがっているんですね………お腹の子と、一緒に」

 ほんのりと膨らむ腹を撫でているリーファを見て、カールは口元をギリ、と鳴らした。
 やがて悔しさを滲ませて、彼の口から溜息が零れて行く。

「………打診はしたが、聞き入れてもらえなくてな。だからこうして、貴女だけでも逃がそうと思ったんだ」

 リーファを殺そうとするギースベルト派の考えは、別段おかしい事ではない。
 王の落胤を名乗る者が後々になって王統を主張し、国に戦いの火種を作る事は古今よく聞く話だ。

 加えて、リーファは城の根幹にある魔術システムの構築に関わっている。
 仔細は分からなくとも、その存在は厄介の種にしかならない、と考えるのが普通だろう。

 どう考えても、カールの希望が通らないのは当然だ。

「失礼しマぁす。オ茶ですヨぉ」

 やはり使い魔は空気を読めないものらしい。使い魔”リーファ”は、よく通る間延びした声と共に顔を出し、それぞれにお茶を振る舞った。

「ああ、ありがとう」
「”リーファ”、ご苦労さま」
「あ、ありがとうございます…」

 カールには白磁の取っ手付きカップが、リーファにはガラスのコップが、ノアには小鉢が渡される。人を招く事を考えていなかったのならば、ティーセットが人数分揃っていないのは仕方がないか。

 器の選択はさておき、差し出されたお茶は市場に出回っている中級品の紅茶らしい。水色は濃い琥珀色をしており、微かに果実のような香りがある。口に含めば濃厚な味わいが広がり、自然と肩の力が抜けて行った。

 水場の方へ引っ込んだ使い魔達がもたらしたひとときは、凝り固まった頭をほぐすのに一役買ったのだろうか。
 コップの中の紅茶が半分まで減った所で、リーファはぽつりと訊ねた。

「…何でカールさんは、そんなに親身になってくれるんです?」
「!」

 リーファにとっては当然の疑問だったが、カールにとっては受け付けたくない問いかけだったのだろう。彼の体はビクッと竦み、顔は強張り、目は明後日の方向へ泳いでいた。
 そこに彼の繊細な気持ちが含まれているならば、そのまま黙秘を通す可能性はあったが───カップをベッド側のキャビネットの上へ置いたカールは、消え入りそうな声音で答えた。

「………それは、分からない」
「やっぱり、リーファさんの事が好きなんじゃないんですか?」
「だから、それはないと言ってるだろう。しつこいぞ」

 ノアの不躾な質問には即答出来る辺り、気持ち自体に嘘はないらしい。

 不機嫌にノアを睨んでいたカールは溜息と共に眉間を指でほぐし、ぽつりぽつりと感情を吐き出して行った。

「オレも、この気持ちが何なのか、分からないんだ…。
 魔術の道へ引き込んでくれた感謝はある。魔術師として尊敬もしている。こんなオレにも分け隔てなく接してくれる気持ちも嬉しい。
 だが、『これは愛か?恋か?』と問われると、何かが違う気がするんだ。
 ただ、貴女が害されるのが嫌だという、それだけの事だと思うんだが…」

 深刻に項垂れるカールの姿は、その困惑が今に始まった話ではないと感じさせた。恐らく、周囲の者達からも『カールはリーファに懸想をしている』と勘違いされているのだろう。

「”幽霊さん”が、手紙で私に外へ出るように仕向けていたのも、そういう…?」
「…あの時は、そこまで考えていなかった…気がする。やはり師匠が来てくれてから…魔術を本格的に習得してから、だな」

 カールの返答を聞いたリーファはというと、両手で持ったコップに目を落として唸っていた。カールの反応に不満、という訳ではないようで、何か心当たりがあるようだ。