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対なる者との邂逅
空間を飛び越えて、謁見の間であったそこがあっという間に外の空気に触れた。
多い茂る木は青々と輝き、日の光は高く強い。暖かい、というよりはやや汗ばむ気候に、リャナは少しだけ嫌な顔をした。
木々の先に、こじんまりとした村がある。いや、あったと言った方が正しいのかもしれない。そこはもう、村としての機能を果たしていないのだから。
簡素な木製の格子戸を押し開けて、魔王がその中へと入る。リャナと、リーファ、エセルバートも後に続く。
「ここがムアトの村だ」
「ここが…」
エセルバートとリーファが村をぐるりと見回した。
損壊の酷かった家屋は取り壊され、補修が出来そうな箇所は直されているが当然人の使った形跡はない。リャナは時々家へと戻る為、彼女の自宅は綺麗に直されている。教会の跡地は十字の墓石が広がり、噴水からは水が絶え間なく流れているが、それがより一層寂しさを際立たせていた。
「1ヶ月以上前、何者かによって村人が殺された。村人は19人、うち生き残ったのは2人…ここにいるリャナが、その生き残りのうちの1人だ」
そう言って魔王は噴水の側に腰掛けて、側にいたリャナの頭を優しく撫でた。
エセルバートが一通り村を眺めて、ぼそりと感想を漏らした。
「何もありませんな。…リーファ。お前には何が見える」
リーファは墓石の方を見やって、不思議そうにうなずいた。
「…何も。
魔王陛下。本当にこの村に人はいたんですか?」
「…???どういう、事?」
含みのある言い方をする2人に怪訝な顔をしていると、魔王がリャナに答えてくれる。
「グリムリーパーは死んだ者の魂を回収するのが仕事でね。当然、彼らには魂を見る力があるのだ」
「それは正確な表現とは言いがたいですね、陛下。
我々が見るのではない。救済を求めて、魂が勝手に姿を見せるんですから」
「そうは言っても、救済を求めてもいない魂も出てくるのだろう?」
「嫌よ嫌よも何とやら、というやつでしょう」
「と言うか、見える魂も見えない魂も一緒くたに回収してしまうんで、何とか妨害しようとするみたいで」
「そんなものか」
「…よいしょっと」
大人同士の会話に割って入ろうと、リャナは魔王の膝の上に飛び乗った。
「ええっと、じゃあ、ここに魂はいないって事?なら、他のグリムリーパーが回収しちゃったんじゃないの?」
「魂の回収はエリア毎に担当があるんだよ。荒野に行けば荒野担当が、山へ行けば山の担当がいる。
そして、人間の町は町で担当者がいてね。そういう者達は人として生活しながら魂を回収するわけだ。
あくまで、生活してるフリをしながら、って事なんだがね。実体を持たない我々グリムリーパーは、就寝も排泄もしないから」
「ええっ?!おならもしないの?」
「しないしない」
「おなら出ないのはいいなー。あ、でも、おいしいもの食べれないんだよね?何かそれってかわいそう…」
「可哀想かー。うーん。羨ましいと思った事はないから、それは君の気持ちの問題だね。
ただね。食事に関して言えば、我々は魂を口の中に放り込むという形で回収をしているから、食べ物を食べていると言えるかもしれない」
「魂を食べるの?おならしないの?」
「しないしない。そういう作りなのだよ」
「ふ、ふーん。何だかよく分かんないけど、そういうものなんだ」
「そういうものなのだよ」
「魂って、おいしい?どんな味なのかな」
「長生きした者の魂はとても甘いね。とろけるような芳醇な香りもあるのだよ。
私は生き物が摂取する物は食べた事はないが、リーファが言うには、砂糖菓子、というものに近いのだそうな」
「へー、そうなんだ。ちょっといいなー」
論点がずれ始めたエセルバートの説明を、リーファが呆れた様子で戻してくる。
「もう、父さんはすぐに話を逸らすんだから。
…とにかく、私もラッフレナンド城下のみ活動が許されていますから、この村にもグリムリーパーがいたはずなんです」
「ここの担当はバリーだったな。そして彼は、今回の一件で姿を消しているが…」
聞きなれない名前が出て一瞬誰だっけか考えたが、リャナはそれが村に居た牧師の名前である事を思い出す。
エセルバートによく似た、赤い髪の気さくな雰囲気の中年の男性だ。昔はリャナのような子供たちを集めて勉強会を開いていた事もあった。
ここしばらくはその勉強会をやっておらず、たまに見かけても何故だか浮かない顔をしていた気もする。
「じゃあ、牧師様が皆を殺したの…?」
何となく考え付いたリャナの発言に、三者三様渋い顔をして唸った。
考え込む魔王とリーファを余所に、エセルバートが口を開く。
「…いや、それはありえない。というかありえがたい」
「何で?」
「理由が思いつかないからね。我々はノルマなんてものはないし」
「でも、甘くておいしいんでしょ?おなかが空いちゃったのかも」
「魂の回収は、1日に魂1つ分もあれば充分だからね。
生き物が少ない地域の担当なら回収に難儀もするだろうが、グリムリーパーの王に打診すれば、余所から集まった余剰分を分けてもらう事ぐらいはできる」
「人の多い町や都の担当は、回収し切れない魂を一時保管して、まとめて王に献上しているんですよ」
横から補足してきたリーファを見やって、エセルバートは採点する先生のように満足げにうなずいた。
「そういう事だね。リーファ、村人の死因は何だい?」
預かっていた報告書のページをめくりながら、リーファは顎に手を当てて答える。
「武具による刺殺、焼死、凍死…随分多様ね。魔術師がいたのかしら。武器の数もかなりあるし、犯人は複数いたのかも」
「うん。我々にはもっと効率よく魂を抜き取る技術がある。そんな回りくどい事はしないさ」
「ああもう!結局何がどういう事なの?!分かるように説明してよ!」
苛々してつい2人に食ってかかってしまって、リャナは、はっとしてしゅんと落ち込んだ。
「ごめんなさい…」
2人に頭を下げて謝るリャナの背中を、魔王が優しく撫でる。
「犯人はまだ分からない。だが…少なくともグリムリーパーによるものではないのは確かだ。
彼らにはもう一つ不思議な力があってね。生きている者達の、死に際を見る力があるのだという。
今回の件の直前、村の中で腕の立つ者達が噴水周辺に集まっていた事が分かっている。
…もしかしたら、バリーにはこの村の末路が見えていて、その未来を回避する準備をしていたのかもしれない」
魔王に対するエセルバートの発言はとても冷淡に聞こえた。
「しかしそれは無駄に終わった、と」
「…相手がより上手だったのだろうな」
「バリーも死んでしまったかもしれませんね。我々は死ぬと実体を保てなくなる。普通の魂と同じだ」
リーファは改めてぐるっと村を見回しているが、その表情はとても暗い。
「残留思念が残っていれば、彼らに事情を聞く事も出来たでしょうけど…これほど綺麗に何もないと…」
「マルセルも似たような事を言っていた。…やはりこの線から探るのは不可能か」
「ですね」
「…結局お手上げ、って事?」
絶望を含んだため息が場を更に静寂なものにした。初夏の虫の音はとても賑やかなのに、それはとてもとても遠くて誰の耳にも届かない。
「何だか分からない奴らに殺されて、魂もなくなってて、手がかりもないなんて…」
「リャナ、落ち着きなさい。手がかりがないとは言っていない」
魔王の言葉に、リャナの目が瞬いた。頭を上げて、魔王を覗き込む。
「…あるの?」
魔王の表情はとても穏やかだ。魔物の頂点に立ち、人間の宿敵であるという事を忘れてしまう程に。
呆けた目で見ていたら、彼はリャナの頭を優しく撫でた。
「探る手が1つ減っただけだ。まだ幾つも探りを入れる余地はある。
そなたの敵は必ず私が見つけてみせるから、長い目で待っていてほしいのだ」
サキュバスとしてのリャナの目には、人の感情を色として見る事が出来た。意識して見なければ色を識別する事は出来ないし、まだ全ての色を把握はしていないが、今の魔王からはオレンジ色と青色が交互に漏れ出でている。
オレンジは楽観を示し、青は悲しみを示しているらしい。相反する2つの色が合わさるのはとても複雑な感情を表しているが、魔王の言を信じるならまだ希望はあるという事なのだろう。
「…うん。
ありがとう。パパ」
魔王が自分を助けてくれている。それが何だか嬉しくて、リャナが顔を綻ばせていたら、魔王もまた朗らかに笑って返してくれた。
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