小説
天空の貴人
 夕方。
 打ち合わせも滞りなく終了し、魔王とその義娘リャナは魔王城へと帰って行く。
 満面の笑顔で大きく手を振るリャナと、少し照れ臭そうに略式の敬礼をしてみせる魔王を、リグレットは椅子に腰かけ表庭の入り口で手を振って見送る。
 去っていく翼竜を眺めながら、少し前にリャナと会話した事を思い出す。

 口いっぱいにケーキを頬張りながらリャナは唐突に呼びかけてきた。
「リグレット様」
「なんだい?」
「リグレット様が自分の名前をどう思ってるか知らないけど…あたしその名前好きじゃないんだ。
 なんだろ。なんかがっかりしちゃう」
 少しだけ遠慮がちに、しかししっかり言いたい事は言い切る姿勢に、むしろ感心すら覚えた。
 紅茶を噴き出しかけ、嫌な汗をかいてリャナを叱ろうとする魔王を見るに、これは少女の生来の性分のようだ。誰に似たのか…多分父親なんじゃないかな?と考える。ただの勘だが、これが結構当たる事が多い。
「うん。僕もそう思うよ」
 リグレットがそう相槌を打つものだから、叱りかけていた魔王も押し黙るしかなく、リャナは顔を明るくさせる。
「本当?じゃあさ、リギーおじさまって呼んでもいい?」
 唐突な提案に、ほんの一瞬反応が遅れたが。しかし押し切られそうになる前に否定しておく。
「ダメ」
「えー」
 提案を棄却されるとは思っていなかったのかもしれない。不満げな声を漏らすリャナにリグレットはこう切り返す。
「こう見えて、僕はうんとおじいちゃんだよ。だから、おじいちゃんと呼んでほしいな」
「おじい…ちゃま?」
「おじいちゃまだと堅苦しいね。おじいちゃんで」
「う、うん、じゃあおじいちゃんで」
 自分の意見を押し通そうとしたのに、結局リグレットの案が通ってしまった。
「ふふ、かわいい孫ができたようでうれしいよ」
 何だか納得いかない様子でクッキーを頬張りだしたリャナを眺めて、リグレットは典雅に微笑んだ。

 日が暮れたのに庭で涼みたいと思ったのはどれほどぶりだろうか?
 それほどまでに今日という日───いや、この数時間は有意義な時間であった。こんな気持ちは過去1000年を遡っても思い出せない。
 まさかあのリャナという少女を見て、彼女を思い出す事になろうとは。
 黒髪黒目のどこにでもいる普通の少女。唯一無二の親友。
 重い、とても一人の少女が背負いきれるものではない重荷を背負わされた、僕らの、僕らだけの女神。 

 ───リグレットって名前なの?じゃああだ名はリギーね!
 ───え、友だちになってくれるの…?うん、うれしい…!
 ───鳥肌立ってるじゃない。■■に言われたからって無理しなくても。私は。
 ───私はそのままのリギーが好きなんだから。
 ───こんな事、リギーにしか頼めないの。お願い…■■達を、守って。
 ───リギー。

 初めて会った時、友達になってくれたあの日、他愛ない会話、最後のお願い、そして。
「リギー、か。ふふ。君たちは、皆どこかでつながるものなんだね」
 色々思い出したら顔が赤くなってきた、気がした。もう少しだけ涼んでみようか、と、リグレットは背もたれに身を預けた。
- End -
Home010203・04>