小説
物語の始まり
「…あの娘、大丈夫でしょうか?」
「無理もない。私とて、自分が人間の子だとか言われたら発狂するに違いないからな」
 アズワと魔王の先には、出生の秘密を聞かされてすっかり混乱したリャナの姿が映っていた。広間の隅っこの柱の前にしゃがみこんで、何やら唸っている。
 しばらく様子を伺っていた魔王だが、ちらりと時計を見やって席を立つ。座り込んでいるリャナの肩を叩き、声をかけた。
「…そろそろ村の状況を話したいのだが、頭の整理はつきそうか?」
「えっ、あ、ええと…はい」
 びくりと肩を震わせたリャナは、たどたどしく返事をして立ち上がった。
 振り返って、少しうつむいていたリャナは、やがて困り果てた顔を魔王に向ける。
「その…なんで、父さんは魔物なんでしょーか…?」
 魔王は心底困った顔をして、指を口元に置いた。どうやら癖らしい。
「ううむ…そうだな。そこを話すとなると、まずはストラの家系図をひっくり返すしかないのだが。…ところでなんで急に敬語になる?」
「…だって、あたしが魔物の子で、魔王…様、が魔物の王様なら…その、偉い人?だから。偉い人には、きれいな言葉を使いなさいって母さんが…」
「さすがはアリシアだな。しつけがなっている」
 よしよしと、リャナの頭を撫でる魔王。リャナはなんだか悔しい気分になりつつ、甘んじて受け入れた。話を聞く前だったら抵抗していたのに、今はその気持ちすら湧いてこない。
 リャナの気持ちを知ってか知らずか、魔王はリャナの背丈に合わせてしゃがみこんだ。魔王の目線とリャナの目線がかち合う。
「魔物と人間の共存する村では、生まれた子供を人間として育てるか魔物として育てるかは、村長が決める事になっている。ムアトの村では、人間の子として育てるよう方針が固まっていたようだな」
「じゃあ、魔物の子として育つ子もいるの?……です、か?」
「ああ、無理しなくていいからな───まぁ、生まれてきた子供の容姿如何でそっちの村へ移る事もある。インキュバスの娘はサキュバスに変異ができるから、どっちでも良かったのだろうが」
「…変異?」
「人の姿と、魔物の姿を切り替える術だ。精神性が強く物質性が弱い魔物は、その外見を変化させる事ができ、別名『フェルクレルト』とも言うのだが───む」
 魔王が言葉を中断した直後、彼の瞳の色が赤から藤色へと変わる。その変化は一瞬の事で、またすぐに元の赤色に染まる。
 それで何かが分かったのか、魔王が不意に立ち上がった。
「すまんが講釈はあとで行おう。どうやらムアトの村の生存者が見つかったようだ───ついてきなさい」
「は───はいっ!」
 リャナが喜びに顔を綻ばせると、魔王は少しだけ安堵したように見えた。
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