小説
物語の始まり
 無残にも廃墟と化した我が家から、自分の手荷物をまとめて広場に戻ってきた頃には、もう空は闇の帳が降りていた。
 村のそこかしこでたいまつが灯され、魔物が調査の為にまだ歩き回っているものの、村人達の埋葬も一通り終わり、引き上げるのも時間の問題だった。
 身の丈の倍の荷物をリュックに詰め込み、軽々と背負ったラビィは、少し不満そうに口を尖らせる。
「…いいなー。俺も魔王の寝首掻きてー」
「ふふん、男に二言はないと言ったのはそなただぞ」
 満足げな魔王に指摘されて、ラビィが不機嫌に顔をしかめた。
「わ、分かってるさ───おいリャナ」
「うん?」
 村人の埋葬された墓所を遠目に眺めていたリャナが、ラビィの言葉に振り返る。
 厳しい眼差しを向けるので何を言い出すのかと思えば、本当に唐突に今更な事を言い出した。
「俺は、魔王が嫌いだ」
 眉根をひそめて、リャナは思わず後ろにいた魔王に顔を向けた。魔王もまた、怪訝な顔でリャナを見ている。
 顔をラビィに戻して、とりあえず思いついた言葉を返す。
「うん、知ってる。ラビィ勇者ごっこでいつも勇者やってたし。あたし目紅いからいつも魔王なんだよね」
「あ、いや、お前が嫌いなワケじゃないんだ、うん」
 そのつもりはなかったらしく、ラビィは慌てて弁解した。やがて、コホンとらしくない咳払いをして、腰に手を当てて、どこか誇らしげなポーズを取る。
「まぁとにかくアレだ。俺が、いつか勇者になって魔王を倒しにきてやる。そうすれば、アレだ。きっと、世界が平和になるに決まってる」
「…そううまく行くものでもないのだがな」
「うるさい黙ってろ。俺がそう決めたんだからそうなるんだ絶対」
 ぼそりとぼやいた魔王の言葉を、ラビィは即座に畳み掛ける。リャナの両手を力強く掴んで、ラビィは自信を持って宣言した。
「魔王倒して、お前を迎えに行くから。そしたら………お前と俺で、皆が幸せになる方法を探すぞ。約束しろ」
「……………………うん、約束」
 約束の際にいつも交わされる指きり。リャナが手を差し出し、ラビィはそれに応えて小指を絡める。ごくわずかな間なのに、時が止まったような不思議な気持ちになる。
「…じゃあ、元気でな」
 名残惜しそうに指を離したラビィは、それ以上振り返る事無く村の出口へと走っていく。
 村の門の側には、人間の姿をした女性型の魔物が待機していた。ラビィと合流すると、彼女は手を高く上げて何か文言を唱えている。腕につけた橋渡しの腕輪が青白い光を放ち、女性とラビィを包んだ。
 腕輪の効果が発動し、淡い軌跡を残して掻き消えたラビィの背中を見送って。
「…良い友を持ったな、リャナ」
「…はい。ガサツで乱暴者で不器用で…でも、あたしの大切なトモダチです…」
 魔王の言葉に、少し照れ恥ずかしそうにリャナが微笑んだ。
- End -
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