小説
正しいサキュバスの育て方1
 魔王の寝室は、隣にある謁見の間に匹敵する位の広さがある。
 『魔王陛下が思う様くつろげるように』という理由で、部屋の7割を占めるであろう大きさのベッドが中央にしつらえてあり、天井には豪華なシャンデリアが下がっている。
 それ以外に家具らしい家具が置かれていないこの部屋で、隅に愛らしいドレッサーが備えられたのはつい最近の事だ。
 ベッドの総面積の1%にも満たない小柄なリャナは、枕を背もたれにして日記を書いていた。複雑な装丁の施された分厚い日記帳にペンを落とすその表情は緩く、時々うたた寝をしては目を覚まし、目をこする。
 かなり時間をかけて日記をしたためたリャナが、ペンをサイドテーブルに置いた時、寝室の入口から漆黒の鎧に身を包んだ銀糸の髪の男が入ってきた。魔王だ。
 彼はリャナの側に来てベッドの縁に座ると、顔を綻ばせてリャナの頭を優しく撫でる。
「リャナ。まだ寝ていなかったのか?」
「…ごめんなさい。まだ日記が書けてなくて……今、終わったから、もう寝ます」
「そうしなさい。あまり根を詰めすぎないようにな」
「はい」
 顔に触れる魔王の指がくすぐったくて、リャナはコロコロと笑い声をあげた。魔王もつられて顔を緩める。
 ふと、魔王がリャナの膝元に広がった日記に目を留めると、彼女は我に返って大急ぎで日記を隠した。
「だっ、だめ!これはパパには内緒の日記なんだからっ!」
「しかし、少しくらい見せてくれてもよいではないか」
「だめなんだったらだめなの!パパのえっち!」
「え、えっちって…」
 ショックを受け落ち込む魔王を余所に、リャナは慌てて日記に鍵をかけた。布団の下に潜り込ませる。
 魔王と目線を合わせたリャナは少し照れ恥ずかしそうに笑って問いかけた。
「パパはまだお仕事ですか?」
「…あ、うむ、そうだな。だからそなたは先に寝ていなさい。私ももう少ししたら戻ってくるから」
「はい───あ、パパ、ちょっと待って。耳、切れてる」
 そう言うとリャナは身を起こし、魔王の青白い顔に両手を当てて、その耳たぶに甘噛みしてきた。『アニマート』───体液を媒介に他者に生命力を与え、自己治癒を高めるサキュバスの力によって、魔王の体に生気が戻っていく。
 今日あった勇者との戦いで、大きく裂けていた耳の傷が塞がり消えたのを確認し、リャナはほっとした。パジャマの裾で魔王についた自分のよだれをふき取る。
「ああ、ありがとう、リャナ」
「どういたしまして♪お仕事、がんばってね」
 布団にもぐり直したリャナの額にキスを落として、魔王はマントを揺らめかせ、寝室を出て行く。
「──────」
 寝室を出てすぐ、鈍い痛みを覚えた魔王は、胸に手をあて声を上げないように歯を喰いしばる。強く噛みすぎた口の中が、赤い液体の苦さで広がっていく。
Home・01・020304050607