小説
正しいサキュバスの育て方1
 ───シェシュの月、15日、晴れ。
 魔王城に来て3日経ちました。魔物の人達はみんなやさしくしてくれます。
 でも、闘技場で剣の練習しても、手合わせしてくれる人があんまりいないからちょっとさびしいかな。まだ弱いから仕方ないけど。
 そういえば、今日勇者が来ました。戦士っぽい人と、魔術師っぽい人。
 魔王様が戦う所見たかったんだけど、「部屋に隠れていなさい」って言われて見れなかった。うぎぎ。

 ───シェシュの月、18日、雨ときどき雷。
 アズワ様にお願いして、玉座についてる宝石を遠見の水晶っていうのと交換してもらいました。
 ドレッサーに隠してある手鏡に呪文を唱えると、謁見の間を映すモニターになっちゃいます。これで戦いも見放題♪早く勇者来ないかな。
 今日のお勉強は、かつて地下にあった地獄の構造。地獄って人が死ぬと行く場所だと思ったけど、あたしも死んだらそこに行くのかな?
 調べたけどちんぷんかんぷんでした。っていうか、調べ物してたら眠っちゃってて、本がよだれだらけになっちゃった。で、ラーシュさんに笑われて叱られましたとさ。

 ───シェシュの月、22日、晴れてた、多分。
 昨日はリリス様のお城で初めてのお勉強会に行ってきました。で、サリタとリーチャとアーデルハイトっていう、サキュバスのお友達ができました。
 あたしはアニマートしか使えないんだけど、3人はサキュバスの色んな術を知ってて、びっくりしました。それに、すっごくナイスバディで、すっごくかわいかったです♪
 魔王様は、アニマート以外のサキュバスの術のほとんどが効かないから、色んな魔物の人に術の練習を手伝ってもらいたいなって思ったんだけど、魔王様にダメって言われちゃった。なんでだろう?
 ところで、最近すごく眠くなります。ちゃんと早寝早起きしてるんだけどな。
「時に魔王よ。おぬし、リャナにちゃんと食事は獲らせていたか?」
 どれほどの時間が経っただろうか。読みふけるのに夢中になってしまい、リリスの言葉でふと我に返る。唐突な質問に顔を上げ、魔王は自信をもって答えた。
「も、勿論だとも。なかなか食欲旺盛な娘でな、三食では飽き足らずおやつも夜食も平らげる位で」
「そうではない。サキュバスとして、食事は獲らせていたのかと聞いているのじゃ」
 ベッドに腰をかけ、淡々と尋ねるリリスの言葉の意図に気付いて、魔王は思わず渋面になる。
 サキュバスは本来、他者から生気を奪い取りそれを糧として生活する。癒しの術アニマートは、元々生気を獲りすぎたサキュバスの健康対策の一環として開発された術だ。
 生気を奪う方法はいくつかあるが、いずれも『他者の体液を媒介に生気を奪う』事が必要になる。当然対象と密着しなければならないし、抵抗されるリスクもあり得る。
 サキュバスがもっぱら深夜に徘徊し、寝込みを襲うのはそういった理由からだ。
「し、しかし、サキュバスとて普通に食事は取るだろう。人間から生気を奪わずとも、食事だけで生きていく事はできるはずだ」
「それは普通のサキュバスなら、の話じゃ。おぬし、わらわがどれだけ苦労して『アクア・ヴィテ』の役をこなしてきたか、考えた事はあるかや?」
 リリスに問われ、魔王は心の中に何か引っかかる物を覚え、再度日記を流し読みした。
 そして気付く。初めは丁寧に書かれていた文字が、日を追うにつれて崩れ、読みにくくなっている事を。
「魔王の生命力は、下々の魔物のそれとは比べ物にならぬ。故に、癒すにも莫大な生気を必要とする。おぬしに与える生気を得る為、わらわがどれほどの死体の山を築いたと思っておるのじゃ」
「……まだサキュバスとして日が浅いから、『アニマート』の加減が分からぬと思って、リャナには深手の事を黙っていたのだが……」
「リャナはちゃんと仕事をしていたのじゃよ。サキュバスとして生気を供給できずとも、おぬしを癒す為に───自らの命を犠牲にして、な」
 魔王の手の中から、日記がこぼれ落ちる。ベッドの上へと落ち、開かれたページは、昨日の日付が記されていた。昨夜、リャナが必死になって隠そうとしていたあの日記だ。

 ───シェーヴァの月、2日、くもり、だったと思う。
 ちょっと歩くのがつらくて、今日は剣のおけいこはお休み。だから図書館に行ったんだけど、気付いたら寝ちゃってました。
 今日は勇者がきました。戦士2人と、僧兵1人と、魔術師1人。いい戦力バランスだと思います。でも男の人ばっかり。かわいくない。30点。
 手鏡で見てたら、魔王様思ったより大変だったみたいです。左腕と右足をちょっとケガしてました。一番痛そうだったのは、胸、おなかのちょっと上辺りかな。
 よく見えなかったけど、扉越しにも痛そうな声が聞こえてきたから、かなりやばいと思います。
 何とか勇者達をやっつけてからは、いつもと変わらない感じだったけど、感情視覚でためしに視てみたら、胸が青みがかった紫にみえました。この色、確かすごく痛い時の感情の色だったはず。
 今日のおやすみのキスは、いつもよりたくさんする事にします。早く傷が良くなりますように。
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