ぐだぐだの最近。
ここ半年以上近況書いてないんだな…。まあ近況書くところは他にあるからなあ。



<体調不良>
ここ1週間程体調を崩して自主的に引きこもってました_(┐「ε:)_

最初喉が痛くて、鼻水+くしゃみ→微熱+頭痛+筋肉痛+関節痛のコンボを食らいまして。
症状自体は軽かったんですが、まあまあ体中が痛い(´;ω;`)
あと、症状が最近流行っているインフルエンザとよく似ていたので、家族に移しちゃまずいと思って自室にこもる事に。

今は鼻水と少しの喉痛のみ。他にも多少のだるさはありますが、1週間のだら生活でガタが来てるだけかなと。
風邪を引くと大体咳だけ残るんですが、今回は珍しくそれもなかったです。
インフルやコロナだとしたら、残ったウイルスが余所に移っても良くないですし、家族との接触はもう少し控えないとなと。



<家族の話>
先月末から今月頭にかけて妹が新型コロナに感染してまして。
今回の体調不良の自主的隔離は、妹のを参考にした感じです。

面倒臭がって検査に行かなかった私と違い、明確に結果が出ていた妹はずっと徹底的でしたねえ。
トイレ以外は布団から出ない。風呂も入らない。必要事項はLineで連絡。
どこかに触れる時はアルコールスプレーで手を消毒してから触れたり、落ち着いた頃には着ていたものを全部洗濯&部屋は徹底除菌。
妹は子供と接点がある勤め先でしたから、そういうのを仕事場で教わったのかなー、なんて感心した記憶があります。

その後、妹以外にコロナ感染者は出ず、無事隔離期間を乗り越えた訳です。妹すげー、というお話。
2025.11.29 15:10 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 近況・日常
健康管理の難しさ。
先日まで暑い暑いと言っていたような気がしますが、もう11月なんですね…。


<ジャンプ漫画家、大きな手術で静養「全ての仕事を止めていますが」>

『ウイングマン』『電影少女』『I’s』などで知られる漫画家・桂正和氏(62)が4日、自身のXを更新し、大きな手術を行い静養中であることを発表した。

定期的に私生活の出来事を投稿していたが、今回は
「最近リポストメインの桂です。
ひとつご報告を。詳細は言いませんが、私は最近、大きな手術を致しました。
なので当分の間、静養しつつ緩やかにリピリピをしていきます」
と報告。
「これに関しての、問い合わせ等、私にも集英社などにも、なさらないでくださいね」
と呼びかけた。

現在の仕事については
「全ての仕事を止めていますが、手術前に依頼されていたものは、コツコツとすすめております。
ただ、体力が戻るのにまだまだ時間がかかるので、焦らず、日々なんとか乗り越えて行きます」
と伝えた。

桂正和は、1962年生まれ。1980年、『ツバサ』で第19回手塚賞佳作受賞。
1981年、『週刊少年ジャンプ』にて『転校生はヘンソウセイ!?』でデビュー。
『電影少女』や、『I”s』、『ZETMAN』など数多くのヒット作を生み出したほか、アニメ『TIGER & BUNNY』のキャラクター原案&ヒーローデザインを務めるなど、漫画以外のジャンルでも活躍している。

…と言うお話。

ジャンプ黄金期に読んでいましたから、桂正和先生の漫画には大変お世話になったものです。
「ウイングマン」はアニメ化もしましたからよく見ておりました。

個人的には「SHADOW LADY」が好きでしたねえ。
シャドウレディが、キュートでセクシーだけど意外とガッツもある所がまた良くて。
当初は対立していたメデューが、最後の最後にシャドウレディに手を貸す所が最高に熱かったなぁと(*´꒳`*)

漫画家やイラストレーターのような方々は、なかなか自身の健康管理に時間が割けない印象があります。
桂正和先生も静養されているようで、この機会に十分英気を養ってほしいものです。
2025.11.04 21:01 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 時事・ニュース
首相と言えばこの方。
歴代の首相って長生きの方が多いんですね。
首相まで登り詰めるだけあって裕福でしょうし、やはり穏やかに老後を暮らせるというのが長寿の秘訣なのかもな。


<村山富市元首相が101歳で死去 政界からも惜しむ声続々>
第81代首相を務めた村山富市氏が2025年10月17日に、101歳で死去した。政界からも惜しむ声が相次いでいる。

■「自社さ連立政権」のもと第81代首相に就任

複数報道によると、村山氏は17日午前、出身地でもある大分市内の病院で亡くなったという。
村山氏は大分市議会議員、大分県議会議員を経て、72年12月の第33回衆議院議員総選挙に立候補し、トップで初当選した。社会党の国会対策委員長を務めた。

94年に、自民党・社会党・新党さきがけによるいわゆる「自社さ連立政権」の樹立合意を受け、第81代首相に就いた。
所信表明演説では「自衛隊合憲、日米安保堅持」と発言し、日本社会党のそれまでの政策を転換した。

95年の戦後50周年記念式典では、閣議決定に基づき「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題した声明を発表した。
「村山談話」「戦後50年談話」などとして知られるもので、「心からのおわびの気持ち」などを明記したこの談話は以後の内閣にも引き継がれ、日本政府の公式の歴史的見解となった。

「村山談話は、政治的に大変意義のあるものだと思います」
訃報を受け、SNSでは政界から追悼のコメントが相次いでいる。

社民党の福島瑞穂党首は、「政治の父である村山富市さんが今日11時28分大分市の病院で101歳で亡くなられました。本当に寂しいです」と悲しみをつづった。
「いつも大分に行くたびにご自宅でがんばれ、がんばれと励ましてくださっていました。1995年の村山談話は、政治的に大変意義のあるものだと思います」とした。

立憲民主党の逢坂誠二衆院議員は、「村山富市元総理のご逝去に、心より哀悼の意を表します。平和主義を貫き、国民の生活に寄り添い続けた政治家としての姿勢に、深い敬意を抱いております」とし、生前のエピソードを明かした。
「約10年前、函館にお越しの際にご一緒に寿司をいただいたことがあります。その席で『私は寿司よりも肉が良い』と笑いながら話され、年齢を感じさせないエネルギッシュなご様子に驚いたことを、今も鮮明に覚えています」
「政治の世界が激動する中にあっても、常に穏やかな語り口で信念を貫かれた方でした。『人間の尊厳を守る政治』という信条は、今も私たちの胸に深く刻まれています」としている。

枝野幸男元代表(衆院議員)は、「村山元総理のご逝去の報に接しました。たいへん残念です。衷心より哀悼の意を表します」と追悼。
「フレンドリーなお人柄が多くの方から親しまれていました。当選一回の立場で末端から見ていましたが、総理としての重い責任を痛感しながら仕事をしておられたと感じました」とした。

自民党の小林武史神奈川県議会議員は、「自社連立による社会党の方針大転換への批判を受け止め、現実路線に向けて自民党と一緒に働いて下さいました。ご冥福をお祈りします」としている。

「眉毛を切らせてくれた気さくな方という印象」
一般ユーザーからは、気さくな人柄を惜しむ声も相次いでいる。

「村山氏と言えば社会党委員長時代に電波少年で松村が眉毛を切りに行く企画を思い出す。ハサミとはいえ刃物を持って行くというのも今では絶対に有り得ないわな...」
「村山富市元総理がなくなられたらしい。村山元首相と言えば電波少年で松村邦洋さんに眉毛を切らせてくれた気さくな方という印象でした」

かつて人気を博したバラエティ番組「進め! 電波少年」(日本テレビ系)に出演していた際のエピソードも注目を集めている。

…と言う少し前のお話。

個人的には、首相と言われて最初に思い浮かぶ人がこの方でした。
ふさふさの眉毛が特徴的で、「首相と言ったらこの眉毛でないと!」と子供心に思ったものです。
「進め! 電波少年」の眉毛切りに行く企画もなんとなく覚えています。
っていうか、あの企画よく通ったよなと思って。普通畏れ多くて出来ないよ…。

101歳とは大往生ですねえ。
しかし歴代の首相は最も長生きした方は102歳というから驚きです。上には上がいる…。

ご冥福をお祈りいたします。
2025.10.29 20:23 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 時事・ニュース

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