小説
贈り物には黄色い薔薇を・02
 身支度を済ませて村の広場に足を運べば、那由羅以外の村人達は既にそこに集っていた。
 一応、女神像と村長宅の屋根を見やるが、屋根の上で郵便ペリカンがうたたねしている以外特に変わった様子もない。どうやらタナトスの仕業というわけではないらしい。
 半べそをかいてうなだれている村長の側で、やはり同じように深刻そうな顔を浮かべているジェニファーに、那由羅は声をかけた。
「何かあったの?」
「那由羅さん………それが…」
「な〜〜ゆ〜〜ら〜〜っ!」
 ジェニファーの言葉を割って、村長が涙と鼻水で顔を湿らせ、那由羅目がけて泣きついてきた。
 那由羅自身、何を考えたわけではないが、反射的に身を反らして半歩横へ避ける。だが、体は動いたものの、足だけは行動を起こせなかったらしい。その場に右足だけが置き去りにされ───
「あ」
 誰が言ったか分からないが───とにかくその声を耳にした瞬間、那由羅の足に村長がつまづき、そのままダイビングする形で村長の体が横に飛んで行った。同時に村長の手の中から何かが空に向けて放り投げられる。
 べちょ、という音と共に村長が地面とキスをするが、村民の誰もがそちらを見てはいなかった。彼らの視界の先にあるのは、天高く舞い上がった、村長の手の中にあったもの。
 ───ハープ?
 太陽に照らされて輝いたシルエットは、吟遊詩人が好んで使うハープのように見えた。しかし、その姿にどこか違和感が残る。
 そんな事を考えている間にも、そのハープらしきものをキャッチしようとジェニファーが手を伸ばすが、あと一歩届かない。
 小柄な体を躍らせてベルボが飛びかかるが、小さな手にぶつかり、頭の上を軽く跳ねていく。
 そのまま、落下するかに思えたハープだが───砂煙を上げてスライディングキャッチをしてみせたのは、ドゥエルだった。
「───セーフっ!」
 ガッツポーズをして見せて、勝利の雄たけびをあげるドゥエル。
「やりましたわね!」
「見事だ」
 ジェニファーとベルボから歓喜の拍手が湧いて、ドゥエルは照れ恥ずかしそうに笑う。
 そんな和気藹々とした光景から取り残されるように、一人涙と鼻水と砂で泥まみれになった村長がさめざめと泣くのを見て、那由羅はバツが悪そうに頭を掻いた。
「うっうっうっ…みんな、ひどいにゃ…」
「あー…ええと…とりあえず、ごめん、村長さん」
「な〜〜ゆ〜〜ら〜〜っ!」
「あ、いや、いいです。顔近づけないで。お願い、本当に」
 再び泣きつこうとする村長の額を、彼女は右手のひらで押さえつけた。左手の親指だけでドゥエルが持ったハープを示す。
「それより…アレについて、説明してもらえる?」
「…ううっ…………………これには、ふかーいふかーい事情があるのにゃ…」
 ハンカチで目頭を押さえて、村長はぽつぽつと話し出した。

 昨日深夜、この村に一人の男性楽師が訪れた。
 彼は那由羅を訪ねてきたのだが、生憎彼女が不在だった為、仕方なく村長宅の戸を叩き、村長にこう告げた。
 ───今日から、しばらく故郷へ戻る事になるので、すみませんがこの楽器を預かって下さい。火曜の朝には取りにきます。
 言われるままに村長はその楽器───ハープの入ったケースを預かり、楽師は村を離れた。
 朝になり、預かったハープを村長は見て───ほんの少しだけ、かき鳴らしてみたい。そんな衝動に駆られたらしい。
 広場に出て、しばらく楽師気分に浸りながらハープを奏でていた時にそれは起こる。
 何本も並んだ弦のうちの二本が、甲高い音を立てて切れてしまったのだ。
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