小説
贈り物には黄色い薔薇を・03
「というわけにゃっ」
「あ〜〜〜〜〜…」
 何故か誇らしげに胸を張る村長をよそに、那由羅はうめき声をあげながらハープを受け取った。
 空に舞ったハープに違和感を感じた原因は、まさにこれだった。強く張られていただろう二本の弦は、風になびく度にその螺旋模様を左右に揺らしている。
 眉間にシワを寄せてハープの様子を確認している那由羅の言葉を代弁するように、肩に乗っていたリーンが村長に詰め寄った。
「何にも深くないじゃないですか!何でこんな事しちゃったんですか〜っ!?」
「仕方ないのにゃ!吟遊詩人は男のロマンなのにゃ〜〜〜っ!」
「そうなんですか?!ベルボさん、ドゥエルさん!」
 鬼のような形相でリーンは振り向いて、後ろにいたドゥエルとベルボを睨みつけた。妖精という愛らしいイメージとはかけ離れたリーンの様子に、男性陣は尻込みする。
「い、いや、俺に聞かれてもなぁ」
「わ、私にもよく分からん」
「裏切りもの〜〜〜っ」
 那由羅は喧騒を無視して瞳を閉じ、残っている弦を弾いて音を確認していく。柔らかく澄んだ音色は彼女の周囲にのみこだまして、途中でリーン達の声にかき消された。
「う〜〜〜〜〜ん…」
 残響音を聴きながら目を開けて、彼女は眉間のしわを更に深くする。
「人から預かったものをあんなにして…はっ、まさか、この間屋根の補強に使ってたアルテナ合金も───」
「誤解にゃっ!今はしてないにゃっ!」
「っていう事は、昔はしてたんですか!?」
「うっ、しまったにゃ…」
「村長さん〜〜〜!」
「わ、悪かったにゃ〜〜〜っ!」
 言わなくてもいい事まで言ってしまった村長は、重たい体を駆使して全力で逃げ出した。リーンは後を追いかける。
 女神像の周りをぐるぐる回り始めた二人から逃れるように、ベルボの工房前に退避した那由羅に、ジェニファーは声をかけてきた。
「那由羅さんは、ハープは弾いた事があるのかしら?」
「あんまり…まぁ、使い方は教わってるから、調弦くらいはできるけど…」
「直せそう?」
 ちょうどその頃、女神像の近くで取り残されていたドゥエルとベルボが工房前に到着した。
 工房横の柵に腰かけて、那由羅は重々しく口を開く。
「まぁ…ピラーやボディに傷はついてないし、弦だけ換えればいいんだけど…問題は手元に弦がない事なんだよね…」
「那由羅の持っている楽器の弦で代用は利かんのかね?」
 ベルボの問いに、彼女はまた唸り声を一つ上げた。
「このタイプのハープだと繊維弦が必要なんだけど、私が使ってる二胡の弦は金属弦だからねぇ…」
「なるほど。交換しようがないわけか」
「ところで、このハープの持ち主を那由羅さんはご存知なの?村長は、名前を忘れたとか無責任な事を言ってましたけど」
 少し心配そうなジェニファーに、那由羅は軽くうなずいて手をパタパタ振った。
「ああ、それは大丈夫。パーティーの時にハープの技量を見せてもらったから。フレンドのだよ」
 恐らく村長がいじったのだろう。チューニングピンに絡まった毛糸を取り払いながら、彼女は続ける。
「パーティーの時も思ったけど…癖のある、ちょっと変わった音色なんだよね…市販の繊維弦でもないし、サルタン絹布っぽいけど、ここまで澄んだ音は出ないし………ジャドヘンプかなぁ…うーん、聞いておけばよかったなぁ……」
「…あまり、聞かない名前の素材だが?」
「この辺にはいないモンスターを素材にしてるからね。合成に使うものでもないから流通してないし」
「ほう、なかなか興味深い。今度手に入れたら分けてもらえるだろうか?」
「あ、うん。まぁ…行く機会があればね」
「是非頼む………くっくっく、これで合成のバリエーションが………」
 独り合成の妄想に夢を膨らますベルボ。彼の後ろを見やると、それこそバターになりそうな勢いで村長とリーンが走り続けている。
 そろそろ止めた方がいいのかな───などと考えていると、ジェニファーが頬に手を当ててぼやいた。
「とにかく、弦の素材が分からないとどうしようもありませんわね…やはり、弦を切ってしまった事を謝った方が…」
「謝って済めばいいけどねえ」
「というと?」
 指紋でベタベタになっているチューニングピンをハンカチで拭きつつ、那由羅は首を少しだけ傾けて三人に問いかける。
「ジェニファーさん。とっておいた生クリームケーキを誰かに食べられちゃったら、どう思う?」
「謝っても許しませんわ」
「ベルボさん。もし工房の釜が誰かに壊されたら、どう思う?」
「代えの釜寄越されても許さん」
「ドゥエル。畑の小屋ダケ根こそぎ持っていかれたらどうする?」
「持ってったヤツ畑に埋めてやるさ!」
 三者三様に答えを出して、気づいたのだろう。お互いがお互いを見てしまう。
「そういう事」
 ニッ、と那由羅は口元を釣り上げた。
「楽師にとって楽器は命みたいなものだからねー。コレがないと仕事にならないし…もし、相手も弦のストックを持ち合わせてなかったら、一生かけて償わないといけないかもなー」
「い、一生?」
 ジェニファーの声が裏返る。
「だって、弦欠けの楽師なんて名落ちだよ?楽師廃業は免れないだろうし…そうなると、責任は取らないと───って、どしたの?」
 みるみる青ざめていくジェニファーに怪訝な顔を向けるが、彼女から返事が返ってくる事はない。
「という事は…」
 と言ってベルボが思わず口をつぐむ。だが、同じ事を考えたらしいドゥエルが後に続けた。
「村長がその楽師さんの嫁さんになりゃあいいのか?!」
 一瞬流れる沈黙。
 ジェニファーもドゥエルもベルボも固まり、村長も急停止してこちらを向いて目を見開いている。
 話を聞いていなかったらしいリーンだけは、急に止まった村長の背中を避けようとして明後日の方向へ飛んでいってしまった。
「きゃひいいいいいっ?!」
 変な悲鳴を上げて、リーンが何かに激突したらしい破壊音が響き渡って───そこでようやく一人を除き、皆が我に返る。
 第一声を上げたのは、言わずもがな村長だった。
「にゃ、にゃにいいいいっ!?なんでにゃっ!?なんでそーなるにゃっ!??」
 ドゥエルに詰め寄る村長を眺めながら、那由羅はしみじみとつぶやいた。
「あー…なるほど…………そりゃ確かに、一生養っていくってなると、そうなるよねー…」
「で、で、で、でも、楽師さんは男だにゃっ!」
「でも、別にミ・ディールで同性間の婚姻を禁止してる話も聞かないよね」
「うっ………」
 と、村長が怯んだ所で、村民が追撃を開始する。
「確かに、アイテムの管理はお手の物だな」
 と、ベルボは腕を組んで納得する。
「…マイホームの手入れは完璧ですね」
 と、ススをかぶって真っ黒になったリーンも、那由羅の肩の上に乗りながら納得する。
「バザーの手数料をちゃっかり貰っておくとことか、奥さんの資質あるよな」
 と、ドゥエルは持っていたクワで肩を叩いて納得する。
「…そう言われてみれば、村長さんってお嫁さんにするにはピッタリな人柄よね…」
 ススまみれのリーンにハンカチを渡して、最後に那由羅も納得した。ベルボもリーンもドゥエルもうんうん、と首を縦に振る。
「そ…そんにゃ…」
 四人から絶大な支持を受け、村長ががっくりとひざまずいた。
 さて───と言って、ただ一人未だ固まったままだったジェニファーを正気づけ、那由羅は全員に声をかけた。
「とまぁ、村長さんをからかうのはこの位にして───弦を換えるなら、とりあえずは素材探しからする必要があるわね」
「なら、私は切れた弦を拝借して、材質を調べてみよう」
「…わたくしも、図鑑で当てはまりそうなものを調べてみますわ」
「俺も、町に行ってモティさんに聞いてみるさ!」
 全員が全員、考えている事は同じらしい。那由羅も、真摯な表情で静かにうなずいた。
 ───以前あった村長選挙の一件で、村民全員に村長の仕事が務まらない事も、村長にその適性がある事も、村民全員は重々承知している。
 弦を切ってしまった事がハープの持ち主にバレた時、どう責任を取っていけばいいかは分からないが、村の存続を考えれば、最低でも村長が村を出て行ってしまう事態だけは避けなければならない。
 なんだかんだ文句を言ったところで、結局は皆が皆、この村にこの村長ありと、そう考えているのだから───
「…私も、楽師仲間に相談してみるね。で、夜またここに集まって現状報告。そこからは…また考えるしかないね」
「楽師さんがいらっしゃるのは、火曜の朝でしたね」
「今日は風曜だから、猶予は今日含めて三日間か…あまり時間がないな」
「調弦に半日は欲しいから、月曜昼中にはなんとか素材を手に入れたいね」
「ワ、ワシは?ワシはどうすればいいにゃ?」
 できる事もなくおろおろする村長を全員で見て───計らずも、全員が全員、似たような事を告げた。
「ウェディングドレスを調達しててね♪」
「嫁入り道具はめでたいタンスとハートのベッドがおすすめだぞ」
「式場はドミナの町の教会で決まりさっ!」
「お料理を振舞う為に、ノボリゴイがあれば豪勢ですよっ!」
「ブーケの準備は任せて下さいな」
 無論冗談のつもりで言ったはずなのだが、当人にとってはそれが冗談である事は伝わらなかったらしい。
「みんな…みんなひどいにゃあああああっ!」
 そう言ってわんわん泣き出して、村長は自宅へと引っ込んで行った。
Home0102・03・040506070809後書