小説
贈り物には黄色い薔薇を・05
 風曜夜。
 パーティーの時以外はあまり人気のない那由羅の家に、今日は珍しく人影が右往左往している。
 手持ち無沙汰に部屋の中を動き回るドゥエル。
 葉っぱの日記を興味深く眺めているジェニファー。
 ジェニファーの横で日記の事を話しかけるリーン。
 そして、一階玄関先の部屋で那由羅がすずぶどうのジュースをテーブルに配していると、玄関から小柄な茶色い体が飛び込んできた。ベルボだった。
 息を切らしながら家を見回すと、彼は礼儀正しく頭を垂れた。
「すまん、遅れた」
「大丈夫、今準備してたとこだから───リーンちゃん。そろそろ始めるから、ドゥエル呼んできてくれる?」
「はーい」
 トレイを預けながらの那由羅の言葉に、リーンは愛想よく応えて二階に続く部屋へと飛んでいく。
 その間、ベルボはきょろきょろと部屋を見回して、那由羅に問うてきた。
「そういえば、村長は?」
「今、からくり王国に出かけてるよ。紫苑と一緒に」
「紫苑と?何故」
「からくり王国でコイン全部スっちゃったんだって。紫苑なら、通常レースに出せば確実に勝てるし、コイン稼ぎも楽だから」
「ああ、なるほど」
 そんな事を話していると、ドゥエルは軽快な走りで部屋へと入ってくる。
 ジェニファー、ベルボ、ドゥエルが椅子に座ると、各々の状況報告が始まった。

 ───弦について。
 弦の構成は『虫の糸』によく似ている。しかし強度が足りず、虫の糸を代替にした場合、一本生成するのに虫の糸が十本は必要になる。
 また、弦を覆うように月の精霊力が帯びている。その量は、マナストーンに換算して三個分に相当する。
 ただし、弦自体はどうやら天然物らしいので、弦の材料を落とすモンスターがいるのかもしれない。
 ───『虫の糸』の入手場所について。
 『虫の糸』はキルマ湖で発掘できるが、必ず拾えるとは限らない。
 『虫の糸』を落とすのはメガクロウラーで、白の森に月曜昼の刻のみ出現する。
 ───その他色々。
 ランドでは、通常のモンスターとは色違いのモンスターの出現が確認されていて、そのモンスターを倒すと珍しいアイテムを拾える事がある。
 ポルポタ、ジオでは、この弦を扱っている店はなかった。
 大砲屋は、来週必ずポルポタに来るらしい。
 バザーは通常通り、ポルポタには風曜夜の刻と月曜昼の刻に来るらしい。
 メイメイさんの占いによると、ガトあたりで探し物は見つかる。ラッキーカラーは赤。ラッキータイムは昼時。食べ物から、運命の出会いがあるらしい。

「う〜〜〜〜ん」
 各自言い終えた情報を書き込んだメモを眺めながら、那由羅は眉間にシワを寄せてドゥエルに聞いてみた。
「…この、メイメイさんの占い、いらなかったんじゃ…?」
「なんだよー、苦労して占いしてもらったのにー。いくらかかったと思ってんだよっ」
「メイメイさんの占いはタダでしょう?」
「なかなか占いしてくれないから、ニキータに口ぞえしてもらったんだっ」
 相当吹っかけられたんじゃないの?という表情を作っていると、ジュースの入ったグラスを空にしたベルボが静かにうなずいた。
「緊急事態だったからな、仕方がない。だが、実入りの良さから見ても、高速釜一つ程度で済んでよかったじゃないか」
「こ、高速釜使ったの?私のなのに…」
「使いもしない釜を後生大事に半月もしまっているなんて、釜が泣くぞ。必要な時にミニゲームで拾ってくればいいだろう」
「簡単に言うなぁ………まぁ確かにそうなんだけど………………でも人のモノを勝手に…」
 ぶつぶつと文句をたれる那由羅をよそに、ベルボはジェニファーのモンスター図鑑と、那由羅の『Stocker』と題されたメモ帳を交互に見やった。
「だが…ガト圏で探し物が見つかるというのなら、素材の持ち主は白の森のメガクロウラーで間違いなさそうだな」
「やっぱり新種のモンスターかしらね。月の精霊力を帯びてるのは、月曜に出現するから…って事じゃないかしら」
「ラッキーカラーの赤ってなんだろうな。火のマナストーンでも持ってったらいいんじゃないか?」
「…メガクロウラーは火属性に強いから、ダメージは期待できないと思うけど。新種でも属性は変わらないみたいだし」
 と話していると、リーンが奥の部屋から入ってきて、ジェニファーに耳打ちをした。小さくうなずいたジェニファーは席を立ち、リーンと共に奥の部屋へと引っ込んでいく。
 鼻腔を刺激する香ばしい香りを意識しながらも、那由羅は再びメモに目を落とした。
「とりあえず、メガクロウラーの新種が該当モンスターなら、どのみち月曜昼の刻まで待たないといけないね」
「その間、万が一の事も考えて虫の糸と月のマナストーンを調達する必要があるな」
「やっぱりバザー頼りかー…自腹は痛いけど、村長の為だしな」
「村長が嫁入り道具を集めてくるなら、それを売り払えばチャラになるだろう」
「月のマナストーンならランプの森で拾えるから。あとでフレンドのペット借りて行ってくるよ」
「なら、そちらは那由羅に任せて、我々はバザーへ足を運ぶとするか」
「そうだな」
 その頃、穏やかな風の音だけが聴こえていたマイホームの外から、調子の外れた鼻歌が風と共に流れてくる。
 一緒に聴こえてきたがちゃがちゃというせわしない音と、鼻歌に合わせたやはり調子の外れたきゅーきゅーと鳴く声に、思わず全員の口元が緩んだ。
「村長が帰ってきたようだな」
「あの様子だと、嫁入り道具の確保はできたっぽいな」
「当然ね。ウチの紫苑が一緒だもん」
「なら、皆で一緒にオヤツをいただきましょうか」
 奥の部屋からの声に目を向けると、ジェニファーがワゴンを押してこちらの部屋に入ってきていた。彼女の後ろから、リーンもひょっこり顔を出している。
 ワゴンに乗せられていたのは、村長の分も切り分けられた生クリーム付のドッグピーチのパイと、紅いジュースだった。ジュ−スは何かの果実のようだが、少なくとも一種類だけではないらしい色をしている。
 甘い芳香漂うそれらがテーブルの上に置かれれば、あっという間に視界が赤系統の色に染まった。
「なんか、赤づくしだね───あ、おいし」
 手始めにジュースに手をつけた那由羅に、リーンは細かく切り分けたパイをほお張りながら答える。
「ラッキーカラーは赤ですからね。ジュースはさいころいちごとサンタリンゴのミックスジュースですよ♪」
「そこまで赤にこだわらなくてもいいような気がするけど…まぁジュースにクジラトマトが入ってなかっただけマシか」
「おっ!好き嫌いしちゃダメじゃんか那由羅。クジラトマトは肌にいいんだぞ」
「クジラトマトのジュースって苦手なんだもん。喉越しがヤ。生ならちゃんと食べるし」
「っかーっ!クジラトマトのジュースの良さが分からないなんて、那由羅も子供だなっ」
「…なんでそこで子供になるかなー…」
 口元だけ笑みを浮かべて、彼女はフォークでパイをつつきながらドゥエルを半眼で睨んだ。ドゥエルも那由羅を睨んできて、しばらく言葉なく火花が散る。
「…ところで、那由羅さん」
「…なに?」
 おもむろにジェニファーが声をかけてきた所で、よく分からない勝負が打ち切られる。ドゥエルはドッグピーチのパイは食べ始め、那由羅は顔をジェニファーの方に向ける。
 ジェニファーは一瞬逡巡したあと、言いにくそうに口を開いた。
「昼間の話になるけど…楽師さんが楽器を失くした時、本当に食うに困るような事態にまでなるものなの?」
 ちら、と、那由羅は玄関の方を見やった。村長の鼻歌は消え、物音もしないあたり、落札した家具を自宅へ保管しているのだろう。
 ジェニファーの方に顔を戻して頬杖をつき、少し声を抑えながら那由羅は答えた。
「…私の周りの人達に限って言えばだけど…有名な楽師さんって、楽師業以外にも才気あふれる人が多いからね。ペットブリーダーとか、パズルランカーとか、画家さんとか、詩人さんとか…だから、食うに困る事はないと思うけど」
「と、いう事は、那由羅さんも、楽師でなくなった時に食べていけると?」
「私?私は………そうねぇ………情報屋、くらいならなんとかできるかなぁ」
 しばし流れる沈黙。
「なんか…」
 やがて、誰ともなく言った言葉に導かれるように、三人の次の言葉が唱和した。
「裏っぽいわね」
「裏っぽいな」
「裏っぽいさ」
「…ハモんなくてもいいじゃないのよ」
 ふてくされた那由羅は、パイにフォークを突き刺して大きな口で一口ほお張った。
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